地域が連携し「住みたい都市」をプロデュースする

「都市イノベーション・next」(全100話)スタート

新シリーズ「都市イノベーション・next」をはじめます。

7月。

最後の「都市イノベーション」シリーズとなる「都市イノベーション・next」をはじめます。

 

[参考]

これまでの4つの「都市イノベーション」シリーズについては、右帯「リンク」の「【コンセプトノート】都市イノベーション」で。

 

『レオナルド・ダ・ヴィンチ(上)(下)』

「都市イノベーションworld」第100話。

ウォルター・アイザックソン著(土方奈美訳)、文藝春秋2019.3,30刊。

 

7200ページの自筆メモを頼りにレオナルド・ダ・ヴィンチに迫る新スタイルの伝記。その描写を通して、ダ・ヴィンチの何がイノベーションの源泉だったかが500年の時を超えて手に取るように伝わってきます。訳のなめらかさと、500年前のカラーがきれいに見える印刷にも助けられた、秀逸な内容です。

 

ダ・ヴィンチイノベーション力の源を二つに絞ると、第一に、観察。

「キツツキの舌を描写せよ」。これはダ・ヴィンチ・コードではなく、観察ということを象徴するダ・ヴィンチ自身のテーマです。動態視力が恐ろしく良くなければ、また、じっと何時間も集中して観察しなければ、自筆メモのような描写はできません。

第二に、描写。「モナリザ」のダ・ヴィンチから入ろうとしてもほとんど理解不能ですが、本書に示された多くの自筆メモを見ていくと、「そうか。物事をとらえるというのは、こうやって描写することによって(自分もわかるし)万人に伝わることなんだな」ということがわかります。鳥の羽ばたきも、なぜ、どうやって鳥は飛べるのかということも。人間の表情や動きも。谷川の流れも。渦も。

 

ある意味、観察と描写がちゃんとできれば、それだけでイノベーションなのだと。「それだけ」と書きましたが、徹底的で正確な「ちゃんと」でないとダメなので、観察は徹底して、桁違いにいくつも、いろいろなものについて行われる。見えない部分は想像力で補い、矛盾があればまた観察して修正する。その結果、法則のようなものも見えてくる。

また、第二の要素だけとっても、その描写・表現がさまざまな技法やセンスに支えられた高い芸術レベルであることで、観察したことや想像したことがさらに本当らしくなる。逆に、描くことによって発見があり、さらにそこに絞って観察したり想像するとまた発見がある。

こうした知的営みをするには科学だけではダメで、芸術だけでも限界がある。ゆえに、芸術の中心であるフィレンツェよりも、画家、舞台芸術家、科学者、数学者、技術者の集まる「ミラノの知的環境のほうが適している」(下・p149)とダ・ヴィンチは考えていた。イノベーションを促す都市や大学や組織のありようをも示唆する、余韻の残る2冊でした。

 

〈都市イノベーションworld・完〉











イノベーションの源泉

「都市イノベーションworld」第99話。

イノベーションは何によって起こるか?

2017年3月18日に作成した「イノベーションの源泉」というページは、以下の5つの観点から本ブログ内関連記事を整理したものでした。

■人的資本とイノベーション

■科学技術とイノベーション

■政策とイノベーション

■地域連携とイノベーション

■都市が生み出すイノベーション

 

「都市イノベーションworld」を終えるにあたり、このページにリンクしやすくします。右帯のリンク欄にも入れておきます。

次の第100話の人物はこれら5つのどれにもあてはまらないかもしれず、すぐに再編の可能性もありますが、現代社会にとても重要な「イノベーション」そのものを考える手がかりになればと思います。

 

[リンク先] 「イノベーションの源泉」

https://tkmzoo.hatenadiary.org/entry/20170318/1489800885

 

都市計画の進化は何によって起こるか?

「都市イノベーションworld」も第98話。今回も含め、あと3回となりました。

そこで、最後の3回を関連づけて書きます。今から98,99話を書きますが、最後の第100話は歴史上の特定の人物の話。少し間が空きます。

 

第98話が標題の「都市計画の進化は何によって起こるか?」。

2017年1月に横浜で開催された「都市計画セミナー」を紹介した「関連記事」では、話した内容を言葉で紹介していますが、このセミナーの最後に「結」としてお話しした「都市計画と都市イノベーション」という図を今回アップすることにしました。

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[図] 都市計画と都市イノベーション

横浜の近代都市計画の歴史を通しでみるとこうなりそうだ、というのがこの結論の主旨です。本年11月の都市計画学会でもこのような話にもなるとおもしろいのでは、と思っているところですが、結局、時代の変わり目には新たな課題解決が強く要請されて、やむにやまれずもがいているとそこにイノベーションが生まれた、とのストーリーです。

[2019.7.10追記] まとめの表もつけてみます。

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このようなことは、世界の多くの都市にもあてはまるのでは、、、。

 

[関連記事]

「都市計画と都市イノベーション〜ヨコハマを通して考える」 

 

 

2019年11月(8~10日)に横浜で都市計画学会全国大会が開催されます。

昨年度から「大会」化された都市計画学会が横浜にやってきます。「大会」化というのは、単なる学術発表会ではなく、開催地の特色を出しながら、実務家やまちづくりにかかわる市民なども参加・参画できる新しい形のイベント(をめざすもの)。

昨晩もそのようなイベントをめざして準備する会合が横浜関内でありました。広く横浜のまちづくりを見て回るエクスカーションや、シンポジウム、トークセッションや展示会、ワークショップなど、最新の都市計画の研究発表とともに、ヨコハマの街やまちづくりをたっぷり味わえる大会になりそうです。

 

公式情報ができてきたら、このページに追加していきます!




災害に備える

地震が続いています。

昨日、密集市街地の整備の新たな方向についての原稿ができ編集の方に送ったあとグラッときました。正確にいうと、ゆっくりと揺れるような感じです。最近、東京の、まだ解消していない木密地域のまちづくりにかかわることになったところです。

これも昨日、随分前にたのんだ『AFTER GREAT DISASTERS』(Lincoln Institute,2017)という本が届きました。中国、ニュージーランド、日本、インド、インドネシアアメリカで起きた近年の大災害からの復興に関する比較分析です。たまたまですが、視聴率超低迷のNHK大河ドラマ『いだてん』では一昨日、関東大震災後の様子が描かれました。下町全体が焼失したため、実際には災害直後に大公園等が避難所となり、上野公園50万人、皇居外苑30万人、芝公園20万人、日比谷公園15万人、浅草公園10万人などだったとされます。番組ではそのあとのバラック(仮設住宅)建設場所の不足が課題となっていました。19日の伊藤滋先生の講演「万華鏡都市東京」でも現時点での東京の避難の提案があったばかりです。

 

カテゴリー「災害に備える」の表示場所を上から4番目まで上げます。

 

3つの近隣計画で同時に全市をカバーしたTORBAY

本日昼に手にした雑誌『Planning』2019.5.24号をペラペラめくっていると、最終ページ(p32)に「Torbay adopts total plan coverage」の文字が。「Torbayってどこ?」と読み進めると、「Torquay」を含む3つの近隣計画が同時に、この5月2日にレファレンダムを通過し、Torbay市全体をカバーしたことがわかりました。「Torquay」といえば、アガサ・クリスティーの故郷、トーキー。というだけで私にとってはあこがれの地(←まだ行っていない)。しかしそちらの方に脱線せずに都市計画の立場でこのことの「都市イノベーション」的意味をまとめると以下のようになります。実際には「意味」まではありそうですが、本当に「意義」があるかどうかは、きちんと読み込まないと現時点ではなんともいえませんが。(ではありますが、「都市イノベーションworld」にも追加します。)

 

「都市計画マスタープラン」が全市域を対象とするその都市の全体計画なのに対して、「近隣計画」は、都市の部分(近隣)についてつくられた計画です。2011年のローカリズム法で近隣計画が新しい都市計画となり、ここ7~8年でイギリス都市計画の熱い実践活動が各地で展開されているものです。「そんなのつくってどうするの」との懐疑派もいなくもないのですが、近隣計画を策定し運営するということそのものは民主主義の実践でもあることから概ね好意的に受け止められている、というのが総論です。けれども、「どうせ策定できる近隣なんて金持ちのところばかりでしょ」などという批判もあり、まだまだ改善の余地が多い、としたほうが客観的な状況描写。

さて、そのような中で、「都市計画マスタープラン」(実際には「ローカル・プラン」と呼ばれる)と近隣計画との関係はどのようになるのか、していくべきなのかについて専門家の間でもいろいろな議論のあるところ。ところが今回のTorbay市の3つの近隣計画は、その「ローカル・プラン」と並行して計画策定作業が進み(「ローカル・プラン」は先に採択されている)、3つ同時にレファレンダムを通過し、その後Torbay市によって正式なプランとなった、それが先週の6月19日のことである、というものです。本当にこれが「近隣」計画なのかどうか、その策定プロセスも含めて精査する必要はありそうですが、全市を近隣計画でカバーした、という意味ではこれが第一号。これからじっくり分析したいと思います。

 

4月に公開された『ねじれた家』も見てみないと、、、

『(NHKスペシャル)地下に眠る皇帝の野望』×『(映画)キングダム』×『(新書)始皇帝 中華統一の思想』

記事タイトルの3つのコンテンツをa,b,cと省略し、都市イノベーションworld的に書きます。aは2015放送。bは2019.4公開。cは2019.4集英社新書

 

西でローマ帝国が崩壊したあとも、中国では秦の始皇帝がシステムとして確立した大国の近代的運営方法が基本的には今日まで受け継がれている。aは、近年の始皇帝陵発掘をめぐる驚くべき発見(まだ仮説の段階だが)を、bは始皇帝の中華統一のはじまりの段階を(漫画連載ではかなり進んでいるらしい)、cは統一の極意をbの漫画に描かれたシーンを引用しつつ扱ったもの。

aの驚きに絞ると、350メートル四方で高さ53メートルの始皇帝陵がいわゆる皇帝の墓だと思っていたら、実は、7.5キロ四方の都市的スケールの範囲で副葬品と思われる像や品々が地下から発見されている。陵に隣接する長さ700メートル(幅200メートルほど(画面から読み取るおよその寸法))の区域には当時の宮殿を再現したと思われる箇所やそれらを囲む城壁や門が。これはすなわち都そのものを模したのではないかと。1974年に発見された兵馬俑は、そこから伸びる街路の傍らにつくられた都の護衛兵を表しているのではないかと。始皇帝は13歳で王に即位した直後からこの空間を築きはじめ、39歳の全国統一を経て、50歳で没するまで自らが確立した近代的官僚システムのありさまを擬似的に、都の形も与えながらここに表現・記録したのではないか。今、私たちがこの地を掘り返すことによって、中華帝国として継承されてきた国家運営の極意のようなものが読み取れるのではないかと。

紀元前3世紀の新たなストーリーです。

 

秦の首都は咸陽。Googleマップ見ると、このあたりは咸陽の東40キロほどの場所。咸陽の東にその後長安が築かれたので、長安からみると始皇帝陵は東北へ20キロほど。その長安もどんどん拡大しているので、既に始皇帝陵は長安大都市圏に飲み込まれている感じです。

bやcも合わせて秦について知ることは、「すべての道はローマへ通ず」のアジアバージョンを知ること。今後の発掘と研究の成果が楽しみです。

[関連記事]

・『アジアからみる日本都市史』

https://tkmzoo.hatenadiary.org/entry/20130319/1363673208

 

本記事を「世界の都市と都市計画」(古代都市と都市文明の形成) に入れました。

https://tkmzoo.hatenadiary.org/entry/20170309/1489041168

 

『ローマは一日にして成らず』

どの都市にも「最初」があるはず。では、ローマの最初はどうだったか。なぜ「そこ」にローマができたのか。なぜローマは「成った」のか。どのように成ったのか?

本書は、大作『ローマ人の物語』全15巻のうち第1巻にあたる部分で、文庫本では43冊の1,2冊目。以後、全43巻の1,2巻目と呼ぶことにします。

 

「工学部の都市工学科に学ぶ人ならば、何よりもまず先に、哲学や歴史などの人間学を学んでほしいものである。どこに都市を建設するかで、住民の将来を決めるかもしれないのだから。」(1巻p39-40。筆者は哲学科卒の塩野七生。)と物語は始まり、紀元前8世紀の中頃から同3世紀の中頃までの500年ほどが語られます。ここまででようやくイタリア本土の範囲を制覇した段階。

ヨーロッパじゅうを帝国化したローマからみればまだ初期段階ともいえる500年を知るだけでも、イノベイティブな話がぎっしりです。特におもしろかったのは、ローマ人たちが先進都市アテネに1年の視察に行く場面。あまりに先進的な民主制はシステムとしては長続きしないだろうとローマ人は取り入れなかっのだろうと解釈。そうしているうちに7つの丘から始まったローマに手が加えられ(都市計画され)、人口も増えていきます。けれども他民族に攻め込まれて占領されてしまうことも。これはいかんと城壁の強化にも力が入ります、、、

 

まさに「ローマは一日にして成らず」。あの、「すべての道はローマに通ず」となるまでには、まだまだ道のりは長そうです!



本記事を「世界の都市と都市計画」(古代都市と都市文明の形成) に入れました。

https://tkmzoo.hatenadiary.org/entry/20170309/1489041168

『ローマ亡き後の地中海世界』+『十字軍物語』+『コンスタンティノープルの陥落』

476年に西ローマ帝国が崩壊したあとの、地中海を中心とする当時のヨーロッパ/オリエント世界の、キリスト教/イスラム教勢力の攻防をめぐる歴史ストーリー。1453年にコンスタンティノープルが陥落するまでの約1000年が描かれます。塩野七生著。いずれも文庫本で読みました。きっかけとなったのは、本年1月、2月に文庫化された『十字軍物語』。

必ずしも都市だけを扱ったわけではありませんが、イスラム勢力圏の拡大とイスラム都市の生成、迎え撃つキリスト教世界。なかでもイタリア海洋都市国家間の確執と盛衰、ベネチアという最強国(都市国家)の果たした大きな役割などなどが、手に取るように実感できます。

15世紀にスペインが勢力を伸ばし、あの1492年につながる頃(⇒関連記事)までのストーリー。

こうした大きな流れをつかむと、各地に「都市」として残された空間の中に年輪のように積み重なった歴史の証を読み取る大きな手がかりを得たように思えてきます。また、当時の「都市」「都市国家」「帝国」がどうやって生まれ、維持・拡張され、陥落・崩壊していったか、その空間構造や統治形態がどのようなものだったか、争い事と商売はどう両立できたか、などについても読み取ることができます。あくまで「歴史ストーリー」としてですが。

[関連記事]

1492年 : レコンキスタと大陸発見

 

本記事を「世界の都市と都市計画」(中世都市の創発的進化) に入れました。

https://tkmzoo.hatenadiary.org/entry/20170309/1489041168