南相馬から楢葉まで(浜通り地域の復興の現状(その2))

9月15日。被災から3年半で、ようやく国道6号線の規制が解除されました。
一般車も通行できるようになったとはいえ、帰還目標とされるのは楢葉町が2015年春以降、南相馬市小高区が2016年4月、浪江町富岡町が2017年3月11日以降です。
調整プロセスを経て中間貯蔵施設の受け入れが表明された双葉町大熊町では、住民アンケートによる帰還意向が変化してきました。2時点が比較できる大熊町の場合、2013年1月に「現時点で戻らないと決めている」と回答のあった割合42.3%が、2013年10月に67.1%と増加しました(双葉町は2013年10月に64.7%)。
いくつかの条件のもと受け入れが表明された中間貯蔵施設16平方キロメートル。受け入れ量の想定は2800万立方メートル(うち可燃物は焼却で2割に減らすと全体で2200万立方メートルになると想定)。これは、被災3県から嵩上げ等のために運び出される土の量に匹敵するほどの量です。10トンダンプが毎日毎日2000台分運んでも1400日(約4年)かかる量。除染作業は各地で本格的に進行中。汚染土等を入れた大きな袋がどんどん増えています。
帰還意志をもつ町民のみならず新たな産業を担い復興をすすめる新町民も想定して、大熊、双葉の両町では復興に向けた計画づくりもはじまりました。
大熊町復興まちづくりビジョン(2014.3)
大河原地区を復興拠点として2018年度までに先行整備(住宅のほか町役場や産業・研究施設等)。人口3000人(帰還町民約1000人/町外から約2000人)を想定しています。
双葉町
公募型プロポーザル方式で「双葉町復興まちづくり長期ビジョン策定業務」の委託先が5月に決まり、本年度にビジョンが策定される予定です。その業務仕様書(案)をみると、新な土地利用構想案の作成も含まれています。

帰還困難区域内の国道6号はさすがに車も少なく、いたとしてもまだ復興作業関係車が過半と思われます。中間貯蔵施設の造成工事がはじまるまでには、受入れ条件の解決や用地買収など、さまざまな段階・課題をクリアする必要があります。

[参考]本ブログの東日本大震災復興計画・復興事業「★統合ファイル