日帰り

先週、とある組織の会議で大阪の会員数が話題になりました。(やや脚色。)
「このところ大阪の会員がのびないねぇ」
「そうですね。大阪ぐらいなら東京からの出張でこなせますから、、、どんどん会員は東京に集中しています」
「このままでは、日本中がどんどん東京みたいな都市になってしまう。地方でがんばる人が増えないと、、、」
「現実的には、地方ではこういう風にすべしという意識づけは東京でしないとなかなか、、、」

ふと、ボツになっていた昨年4月のFinancial Timesの記事(4/11+12号)を思い出しました。FT紙コラム担当のSimon Kuper氏の論説的エッセーです。世界の中心だった1913年のウイーンが百年後にはそうでなくなってしまったように、世界の中心都市ロンドンも百年後にはそうでなくなるかもしれない。特に住宅コスト高は頭の痛い問題で、3ベッドルームの家の平均価格は110万ポンド(当時1ポンド170円ほどなので1億8700万円ほど)もする。そこで考えられるのが「部分的ロンドン暮らし」。実は私はパリに住んでおり、朝8時半に子供を学校に送り、昼ごろにはキングスクロス近くでコーヒーをすすりながら会合をしている。今後またロンドンに住むことはないだろうがそれでもかまわない。家賃は安いし、、、試算によれば、年間15000ポンドの交通費を40年間払い続けても110万ポンドでロンドンに家を買うより安いのだ、、
驚くことにこのエッセーの締めくくりでKuper氏はこのシナリオは「ロンドンはウィーンなるのではなく東京になる」ことだとし、世界一の3600万人を擁する東京とそれを支える交通網は「nice target」になるとしています。

先週。大阪経済の再生を引っ張ってきた五代友厚が亡くなりました。NHK朝ドラ「あさが来た」の中の話ではありますが、、、明治維新で150年前に日本の中心を東京に集中させた際、大坂がどうなっていたかが活き活きと描かれています。まだこの頃は「日帰り」圏は大きくなかったものの、150年後の昨今、世界中で「世界都市」を中心とする機能再編が進んでいます。

なお、さきにあげたKuper氏のコラムはFT紙がはじめた「London Essays」のスタートを飾る論説でした(⇒関連記事)。書き改められた「London Essays」のKuper氏のエッセーを読むと、特にパリとの対比でロンドンが現在どのような都市とみられているのかがよくわかります。

[関連記事]
・「London Essays」のURL
http://essays.centreforlondon.org/
・「London Essays」の中のKuper氏のエッセー
http://essays.centreforlondon.org/issues/soft-power/this-is-freedom-londons-reinvention/
・空か陸か海か/空と陸と海と (都市イノベーション2020 第71話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20150224/1424749035