地域が連携し「住みたい都市」をプロデュースする

「都市イノベーション・next」(全100話)スタート

アジスアベバ開墾(2) : 誇り高き共生都市

エチオピアの周辺は、現代世界の人間の困難がすべて吹き出しているような、出口のみえない、出口どころか入口がまだどこにあるのかさえわからない、悲しい状況でいっぱいです。エチオピアだっていまだに「最貧国」であることは残念ではありますが、今回の「アジスアベバ開墾」ではその残念な側ではなく、希望の側を最大限見い出したいと思います。たとえば街をほんの少し歩くと、物乞いの老女や少女、赤ん坊を抱いた母親、靴磨きの少年、物売りの子供達や少年などに何度も声をかけられ、行き倒れのようにうつ伏せに倒れている大人も時々みかけ、幹線道路の裏側には「スラム」がひろがり(幹線道路に面する間口はバラックのマーケットになっていることも多い)、現実はとても厳しいと感じるのですが、同時に、老い行く日本とは対照的にきわめて子供は多く(15歳未満人口割合42.7%(2013)。日本は12.6%(2016))、その子供達の通学風景に出くわすといかにも楽しげで、実際に街を歩いていても危ないことはなく(幸いにも?)、幹線道路沿いを中心に街じゅうがビル建設ラッシュで若者たちがせっせと未来のアジスアベバづくりに関わっています。

あえてその背後にある大切な特長と思われるものを言葉にすると「誇り高き共生都市」。それは歴史的な蓄積(人類発祥の地 / 宗教上の古い伝統 / 植民地化を免れたこと、など)と、その特質を最大限生かそうとしてきた努力の結果かもしれません。同時に、資源に恵まれない国である(あった)ことが、内外の政治的いざこざに巻き込まれず深刻な内戦にもエスカレートしない条件だったのかもしれません。おかげで「一攫千金」ということもなく1つ1つ努力するしかないのですが、、、。
民族的(オロモ人34%、アムハラ人27%、その他合わせて80以上の民族)にも宗教的(キリスト教63%(大多数がエチオピア正教)、イスラム教34%)にも多様ななかで共生の方法を見いだし、1991年に旧社会主義体制が崩壊した(させた)のち、1995年の新憲法でその共生の国づくりの基盤を築き、約20年をかけてここまできました。現在の与党の名称は今でも「人民革命民主戦線」で、主要各民族のゆるやかな連携によるもの。国名の「エチオピア連邦民主共和国」とともに、エチオピアという現代国家が拠って立つ基盤や国の構成・構造を象徴します。アジスアベバはそうした構造をもつ国家の首都機能を支える場所であるとともに、各民族、各宗教が共生する(べき)空間です。とはいえ、そこは常に葛藤が起こり調整を必要とするコンテスト・グラウンド(競合の空間)。その様子は次の(3)で改めてとりあげます。