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「美の委員会」中間レポートが話題になっています

最近届いた雑誌Planning2019.7.19号をペラペラめくっていると、最初の大きな記事の見出しの「beauty commission’s」という文字が目に留まりました。都市計画の雑誌に「beauty」という文字を見るのも新鮮な(かなり久しぶりな)感じがあるのと、さらにその「beauty」に「commission」がつながっておりどうやら大所高所から「beauty」のあり方をとりあげていそうだと。

これは放置できないと、さっそくその中間レポートそのものを読むことに(⇒資料1)。発行は2019年7月。つい最近です。

最大の関心はまず「美」をなぜ扱うことにしたのか。これが第一の点。第二に、都市計画で「美」をどのように定義するのか。第三に、誰がどのようにその定義された「美」の程度や地域への適合性を判断するのか。そして第四に、そのような都市計画システムは動くのか。

 

まだ「中間レポート」とはいえ、最終レポートは6か月後とされるので2020年早々には公表されるものと思われます。

中間レポートから読み取った上記4つのQのおよその方向は以下のとおり。第一の「なぜ」。やはり量だけが先行する現行システムを大きな問題ととらえたから。そしてあえて事の本質に迫る「美」そのものを取り上げるべきと考えたから。第二の「定義」。これは「美しい建物」「美しい場所」「美しく置かれていること(Beautifully placed)」の(次第に空間スケールが大きくなる)三段階。第三の「誰が」はローカルに政策化して運用。第四の「都市計画システムは動くか」は委員会としては提言までであとは政府の仕事。

Planning誌記事の最大の心配は第三の点。そんな専門家がいるわけでもないのにどうやって調査をしたりシステムを設計したり判断するのか。それを考えると第四の点も。提言を受け取った政府は実行するのか。できるのか。

 

記事としてはそのように心配するのが仕事として、自分としては第一の点がある意味衝撃的でした。「美」を国レベルの都市計画でどう扱うか。扱えるか。扱うべきか。

1890年代にアメリカで起こった「City Beautiful」運動は10年しかもたず、「その後の都市計画への影響」はあったにせよ、システムとしては根づかなかった。それを21世紀の今、なぜあえてとりあげるのか。その意気込みに凄さを感じますが、この「委員会」設置の意図や本気度、あるいは戦略なども知らなくてはと思います。(委員会メンバーは「コミッショナー」3名と「アドバイザー」9名が報告書冒頭に記されている)

単なるレポート止まりになるかもしれないし、これからの大きな議論の出発点になる可能性もなくはない。本当に「next」なものが生み出されるのか、注意深く見守りたいと思います。

 

[資料]

1.「美の委員会」中間レポート

https://www.gov.uk/government/publications/creating-space-for-beauty-interim-report-of-the-building-better-building-beautiful-commission