『築地居留地』: 「東京開市」と「日本開国」(都市は進化する122)

年末の買い出しで賑わう築地場外市場。築地市場本体の移転後の跡地についても2022年11月に事業者募集要項が発表され、2023年には事業者が選定される運びとなっています。

さて、晴海通りを介してこれらに対面する、隅田川沿いの場所について書かれた『築地居留地』(都市紀要四、東京都1957年発行)が今回の話題です。「従来のMICEの概念を超え、周辺地域とも連携しつつ、国際会議場等の機能を中核としながら、 文化・芸術、テクノロジー・デザイン、スポーツ・ウェルネス(健康増進)などの機能が融合して相乗効果を発揮し、東京の成長に大きく寄与する交流拠点として発展していく」(「築地まちづくり方針」2019.3)というのが現在の築地市場跡地がめざす方向だとすると、当時、国そのものを対外的に開国しようとしていた日本にとっての築地居留地がいかなる役割を果たしたかを、改めてこの資料から読み取ってみたいと思います。

 

以下、簡潔にまとめると、

第一。「開港」した横浜などとは異なり東京は港の無い「開市」にとどまりました。確かに「東京開市」です。しかしこの資料を読むと、「日本開国」に果たした役割との観点からは築地居留地の役割は大きかった。そしてそれは明治に引き継がれた「江戸」という封建都市の市場開放というよりも、新政府に雇われた外国人や開国により設けられた各国の窓口、さらには近代化に向けて必要となった高等教育機関の出発地点として大きな意味をもった。「開市」という言葉が「市場を開く」ことに限定しているのとは裏腹に、もっと大きな「日本開国」のための場として使われた。

第二。東京の場合、横浜の「開港」と東京の「開市」がセットになって機能することで、「日本の開国」に大きな役割を果たした。特に桜木町-汐留(新橋)間の鉄道開業によって、横浜での貿易と東京の市場が強くつながり、築地居留地は貿易以外の「開国」に必要な役割に専念することができた(結果的にそうなった面も大きそう)。

第三。そういう意味で、「開市」に伴って派生した諸々の対応がとても興味深い。具体的に言うと、第一のところであげた「新政府に雇われた外国人や開国により設けられた各国の窓口」などの現実的かつ喫緊のニーズが大きく、それらは築地居留地だけで受け止めるにはあまりに大きな課題であったために、「外国人居住」に関しては緩和に緩和を重ねて東京という都市自体が国際的な場所になっていった。『築地居留地』ではこの部分が最もおもしろいので次につづけると、

第四。1867年の「居留規則」では居留地以外の地域においては外国人に土地家屋を一切貸さないとしていたのだが、1868年に明治となり東京の危険がうすらぐと各国が公使館を設けるようになり、丸の内の官庁街に出向くには築地居留地では不便などの理由から、要望を受けて、公使館員は特別に居留地以外でも居住を許可されることになる。さらにいわゆる「お雇い外国人」についても特別に許可されるようになる。結果、築地居留地に居住していた外国人人口はせいぜい200~300人程度だったのに対して、居留地外の外国人人口は500名を超えるようになった。『築地居留地』には巻末に「居留地外居住外人表」(明治9年末まで)を収録しており、たとえば銀座煉瓦街の復興計画で有名なウォートルスも頭から15番目のところに「雇主」は内務省、「住所」は木挽町3丁目、「国名」は英、「期限」は明治5年1月ヨリと掲載されるなど、居留地以外に暮らすようになった東京の外国人の様子がリアルに再現されている。

第五。このようなことから、東京における「開市」を文字通り居留地内の出来事にとどめて理解するよりも、居留地も含めた維新東京の開国・国際化のプロセス全体として理解することが重要だと思われる。

第六。しかし同時に、築地居留地そのものの意味についても改めて理解する必要がある。『築地居留地』の巻末には「築地外人居留地明細」という詳細な表がついていて、60番地ある「雑居地(約12.2万坪)を除く居留地(約2.8万坪)」の地番ごとに氏名等が詳細に整理されています。「商館や商社も多く商業都市として繁栄した横浜と異なり、築地には公使館や領事館が置かれ、宣教師・医師・教師などの知識人たちが開いた教会や学校も数多く作られました。青山学院や立教学院、明治学院、女子聖学院など、この場所を発祥の地とするキリスト教系の学校も数多く設立され、築地居留地は文教都市としての役目も果たしました」(江戸東京デジタルミュージアム)と要約されるように、築地に特別に設けられた日本開国の受け皿は、文字通り日本の近代化の最初の一歩の手がかりになったと評価するべきなのでしょう。

 

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