『平城京の謎』(奈良と都市イノベーション(その2)) (都市は進化する137)

なぜ私たちは1200年以上も前に遷都され衰退した平城京の姿にこだわるのでしょうか??

「なぜ平城遷都が行われたのか」「平城京の都市計画は?」を副題とする本書は、現代の奈良において平城京を解明しようとする知的営みの1つです。ナカニシヤ出版、2013.2.20刊。「奈良大ブックレット01」として刊行された、2010.8.29のシンポジウムの記録です。

 

今、「遷都され衰退した」と書いてしまいましたが、このたび初めて東大寺二月堂の修二会(“お水取り”)に行ってきました。大仏開眼の年752年から毎年欠かさず行われ今年が1272回目という、気の遠くなるような、日本の歴史を営々とつないできた行事です。これより拝察する限り、確かに古都奈良の市街地は衰退したけれどその精神は現代において益々貴重なものになっている。

シンポジウムの記録に戻ると、おもしろいのは、たいていの話において「説」がたくさんあり、断定できない。断定はできないけれども、そこには自ずから確度分布のような、説の構造のようなものがあり、「へぇ~っ、藤原不比等って、若くしてがんばってたんだね」などというように興味がどんどん湧いてくる(←特に第1章「藤原不比等と平城京」)。開発が起こるたびに行われる発掘調査が貴重な歴史解明の機会になるので(普通の都市生活では開発が起こる場合はそこに何ができるかが興味の対象なのに)、今、「平城京に十条があったかどうか」が議論されている(←特に第3章「平城京十条条坊をめぐって  平城京の都市プランを考える」)。

 

このような精神や期待や関心のもとに行われる都市計画とは、いったいどのようなものか。今、たまたま奈良の場合について書いているけれども、どのような都市であれ、その都市なりの精神や期待や関心があり、そうした文脈のなかで営まれる都市計画、という見方が大切なのかもしれない、、、などと、すっかり奈良モードに浸かってしまったのでした。

 

謎を楽しみ、楽しみながらも1272回目の責任も果たす。この地でしか味わえない、歴史の重さです。


【In evolution】日本の都市と都市計画
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