上院「第三読会」を経て国王の「裁可」(=法の成立)へ (レベルアップおよび再生法案審議過程(その14)) [2023.10.26更新=最終]

上院「報告ステージ」がさきほど終わり(現地時間9月18日午後9時半すぎ)、「第三読会」が9月21日に予定されました。ほぼ終局だと思います。最終法案も間もなく公表されるものと思われます。「裁可」までのプロセスをここに書き足していきます。

[2023.9.20追加1]
上院「報告ステージ」終了時点(2023.9.18)の法案(HL Bill 173)がアップされました。国会に上程された時点の法案(Bill 006 2022-23)が196条までだったのに対し、264条へと53%ほど長くなっています(つまり1.5倍に膨らむ)。付則も17までだったものが25となり、47%増です。批判のあった「場所とり条項」(←とりあえず骨格だけ示しておきあとから中身を詰めていくやり方)によるものと、下院・上院での審議(特に、両院における委員会審議と報告ステージ審議)結果によるものが主な増加要因と考えられます。

[2023.9.20追加2]
ほぼ最終形となった法案(上記HL Bill 173)と国会上程時の法案を比較してみると、「この重要そうな条文はいつの時点でどのように入ったのだろう」という興味が湧いてきます。特に都市計画の根本に関係しそうな「Part3 Planning」の「Chapter2」において、新たに96条と97条が付け加わったのが大きな差だということがわかります。このうち97条については(その13)で分析しました。上院「報告ステージ」における修正案(191A)審議において採決され採択されたケースです。
実は96条は同じ日の、191Aの1つ前の「修正案191」として審議されていました。「The Secretary of State must have special regard to the mitigation of, and adaptation to, climate change in preparing— (以下、つづく)」
というもので、2050年の脱炭素目標との関連などを規定する重要な条文です。この「修正案191」も採決となり、182対172で採択されていました。政党別の投票行動は「191A」とほぼ同じで、(労働+自民+クロスベンチャー)>保守というものでした。

[2023.9.20追加3に9.21追記]
上院「第三読会」は予定通り9月21日に行われました。
Parliament.tv House of Lords (12時少しすぎから)
前日(9月20日)に公表された「第三読会のための修正案リスト」(下記)が説明され、短い審議を経て55項目すべて認められました。用語の調整、必要最小限の言葉の追加等です。本法案が上院を通過したことが宣言されたあと、主要メンバーがそれぞれお互いにここまで達成できたことに感謝の意を表しました。

「第三読会のための修正案リスト」

[2023.9.22追加]
通称「ピンポン」に入りました。2院目となる上院を通過したあと、再度1院目の下院に戻され、このままよしとするかどうか検討中です。修正が入ると再び上院に送られ、ぴったり一致するまで「ピンポン」が繰り返される、というルール。最後まで一致しないと廃案になる、とのルールのようです。さて、どんな展開が。

[2023.9.25追加]
「ピンポン」がどうなっているかの情報は直接は得られないのですが、現地での話題から、1つ、下院からの修正が出そうな候補をあげてみます。かなり大づかみであることをお許しください。
2023年8月29日に政府発表があり、EU法による水質汚濁防止(富栄養化を中立化する)ルール(←EUは離脱したがまだEU時代のルールが残っている)を守っているとイギリス(実際にはイングランド)で必要な10万戸の住宅建設が困難になってしまう。そこで政府としては上院で審議中の本法案に、大臣はこのEU法を不適用にできることなどを規定する修正案を出すことにしました。さかのぼって2023年9月13日の議事を見てみると、「修正案247YY」という政府提案が審議されており、採決に持ち込まれて、156対203で否決されています。(労働+自民+クロスベンチャー)>保守という図式に加え、DUP(北アイルランドの保守政党)も否決側に回っていました。
報道によると、既に政府発表もしているこの件を放置することはできず、保守党議員がかなりの多数になる下院で巻き返しをはかるゾ、と動いている様子です。
私も「ピンポン」を目撃するのは初めてなので、この案件に限らず、どのように両院での一致点を見出すのかの手続きや駆け引きなどに興味が湧くところです。

[2023.9.28追加]
「ピンポン」の第一段階として、下院HPに「上院による諸修正の検討」が10月17日に行われると発表されました。その頁は以下のとおりです。
https://bills.parliament.uk/bills/3155/stages/17959
ここに今後、審議される事項等がリンクされていくものと思われます。

[2023.10.3追記]
ここで、2023.9.28発行の「Explanatory Note」を使って、「ピンポン」の第一段階(最初に下院に戻された段階)のストーリーを考えてみます。この「Explanatory Note」の解説では、上院で修正された418件のうち大臣提案が386と大半を占めた。というのも、この段階の大臣提案はそれまでのさまざまな議論を引き取ってある意味上院でOKしてもらうための妥協案というか法制上これなら許容範囲と判断される案を提案すると考えられるため、率にして92.3%とかなりの高率になっている。残る32件のうち28件は政府は反対だったが通ったもの、4件は政府も支持して通ったものと説明されています。
一方、イギリスの国会の仕組みを調査した国会図書館「調査と情報」No.1056によると、ピンポンでは「下院は上院が修正した法律案の 40%超を受け入れているが、受け入れない場合、上院は下院の意思を尊重するのが通例とされる」とあります。

以下、シミュレーションしてみます。まず、政府提案だった386件は、保守党が圧倒的多数を占める下院では基本的に支持されると素直に考えておきます(いくらか法制上の微修正のようなものはあるかもしれませんが。あるいは保守党内部に異論があることもあるかもしれませんが)。政府が支持した4件も問題にされないと考えます。残る28件が議論対象候補(Healthy Homesもその1つで、(その13)で分析しました)として、「40%超を受け入れ」るとすると11件はOK、しかし17件は修正。「受け入れない場合、上院は下院の意思を尊重するのが通例」とはいえ、まるまる「ダメ」とすると同じ球が返ってくる可能性もあるので、中立的な「クロスベンチャー」を取り込めるように「やや妥協した案」のようなものにしてお返しする。さらに、上院で政府提案したのに採決で否決されてしまったものもいくらか復活させて上院に打ち返す、、、というのが本日考えたストーリーです。さて、どうなりますか。

 

[2023.10.14追記]

週明け17日に予定されている下院での「上院における修正に対する動議」の内容が、上院HPにアップされました。ちょうど昨日が金曜だったので、それまでにとりまとめを行ったものと思われ、文書の日付も審議前日の「16日」とされています。
上院で修正された418件に対する下院の反応(動議の内容)は以下のとおりです。

●「不同意(disagree)」44件
● 再修正案の提起 4件 (不同意ではないが一部を修正するもの)

17日の審議を経てみないと結果はわかりませんが、この段階で「シミュレーション(10月3日追記)」と比較すると、、、

第一。不同意が44件とかなり多い。418件に対する割合は10.5%にすぎませんが、政府が反対していたにもかかわらず上院で修正された28件よりも44件というのは多い。シミュレーションでは政府提案は下院でも支持されるとの単純な計算でしたが。

第二。不同意のうち半分強は、「不同意」という単純な動議で、理由も書かれていない。たとえば注目してきた「Healthy Homes」条項は「上院修正案46番」ですが「不同意」とバッサリ。45番も「不同意」でバッサリ。ざっと数えて23件あり、この数字はさきの「政府が反対していたにもかかわらず上院で修正された28件」に近い(実際には1:1対応で確認しないといけませんが)。ピンポンのラリーが続くのでしょうか。

第三。ただし「不同意」ではあってもそのあとに「★」のついた「新修正案」がついているものもある。このような内容にすればよいですけどね、との動議と考えられます。ざっと数えて21件ある。単純に考えると早めにラリーはおさまるのか。

第四。そのほかに、ごくわずかですが再修正案の提起が4件あります(117,231,237,369)。第三のケースとの差がわかりにくいですが、具体的修正内容が示されています。

以下は資料です。

1. 上院での修正内容
https://publications.parliament.uk/pa/bills/cbill/58-03/0369/en/220369en.pdf

2. 下院での動議予定
https://publications.parliament.uk/pa/bills/cbill/58-03/0369/amend/levelling_rm_ccla_1016.pdf

3. 10月17日の国会中継。現地時間午前11時半からの下院会議(途中から本案件。Index欄によりどこが当該審議かわかります)。
Parliamentlive.tv - House of Commons

 

[2023.10.16追記]

明日10月17日の日本時間午後7時半より下院での審議があり、[10/14追記]の「動議予定」にもとづき投票が行われるようです。「Healthy Homes」の立法化を支援してきたTCPA(イギリス都市田園計画協会)のHPにはさきほど、「どうかMPの皆様、Healthy Homes条項を認めない動議に反対票を投じてください」と訴える3枚ものの資料が掲載されました。現地では、この条項に限らず、さまざまな政治的働きかけがなされているものと思われます。過半数をかなり上回る保守党が結束すれば下記【参考】の勢力分布のとおり、「不同意」動議はすべて通すことも葬り去ることもできます。
結果はどうなるのでしょうか。

[2023.10.18追記]
10月17日に下院審議がおこなわれ、最後に、以下の形にまとめられた動議(全部で50件弱)について決定がくだされました。
https://publications.parliament.uk/pa/bills/cbill/58-03/0369/LURBCCLAselectionandgrouping.pdf
まず議長が、この動議に「賛成」の方、「反対」の方、と議場に問います。保守党がかなりの多数を占めるので「賛成」の大きな声。「反対」する(主に労働党議員の)数は少ないですが声だけは大きな声で反対の意思表明。こうして反対があった場合は議長が「投票(division)」を宣言してその都度投票が行われます。たいていの場合、「諾」が310ほど、「否」が190ほどで、ほぼ議席数を反映してどんどん動議案のとおり決定していきます。議長の呼びかけの「賛成」だけに反応があり「反対」者がいない場合は採決ナシで決定します。結局、(おそらく)すべて動議通りに認められる形となりました。
[10月14日追記]の中の「第二」の形である、理由ナシで「不同意」とされた23件については、この日の審議の最後に、理由を書いて上院に送るための委員会が設置され委員が指名されました。
さらに、今度は上院でこの結果を受け止める審議が10月23日に行われることが発表されました。厳しい結果が返ってきます。どのように受け止めるのでしょう。

[2023.10.19追記]
昨日(18日)の追記の最後で「理由を書いて上院に送るための委員会が設置され委員が指名されました」と書きましたが、それら「不同意の理由」も文章化され、17日の審議の結果全体をまとめた資料がHPに掲載されました。「Publications」欄のトップの「Bill」欄最新情報です。
https://bills.parliament.uk/bills/3155/publications

なんという速さ。「理由」はきわめて簡潔に書かれています。それらの多くは17日の審議の際、政府側から説明されたものです。これにより、下院から上院にピンポンの球が強く打ち返されたことになり、次の23日の上院審議に移ります。

[2023.10.22追記]
ピンポンのラリーが高速で進行しています。
1つ上の「追記」を書いた19日の英国時間に、下院から返ってきた玉を上院でどのように受け止めるかを動議の形にしたリストが公表されました。
https://bills.parliament.uk/publications/52765/documents/3964
それによれば、下院が「不同意」とした上院の修正案は「do not insist on 上院の修正案〇番」という言葉により、下院での「不同意」を認める(上院の修正案にはこだわりません)との動議案になっています。
ただし、その動議に異議がある場合には、異議を唱える議員名が書かれたうえで、1)「do not insist on」を削除して「do insist on」とする、とあくまで上院案を主張する動議(上院修正案45番がこのケース)、あるいは、2)単に下院の考えを受け入れないのではなく代替案を動議として提起するもの(上院修正案46番(Healthy Homes)がこのケース))、の2種類があります。さらに、下院にて新たに提案された修正案については基本的に「do agree with」と賛意を示す動議になっているようです。ざっと見たところですが。

これによりかなりの部分は10月3日の「追記」に引用したように「上院は下院の意思を尊重するのが通例とされる」形で解決の方向をめざしていると読み取れます。ピンポンの玉が再度下院に返されたとしても、玉の数としては数カ所以内くらいの、玉のスピードとしても多少弱まった(下院が納得してくれる可能性もある)ものになるのではと想像します。
明日23日の審議を待つことにします。下記より。14時半(日本時間22時半)より。ただし議題としては最後に置かれているので、日本時間では深夜になりそうです。

Parliamentlive.tv - House of Lords (10月23日の上院審議)

 

[2023.10.24追記]

上院での審議の結果、再び下院に返すピンポン玉は2つとなりました。(下記資料が10月23日中にアップされました)
https://publications.parliament.uk/pa/bills/cbill/58-03/0376/220376.pdf
1つめは、地方自治体の会議をリモート等で行えるようにする上院の修正案(22番)が、下院により不同意とされその理由が「良きガバナンスであることを確かなものにするため会議は対面で行うべきである」とされたことに対して、真っ向から球を打ち返すのでなく、代替案を出しています。それは、「大臣が規則によって、地方自治体の会議は対面により全員が同じ場所で行うことに限定されない状況を限定しながら規定することができる」というもので、かなり妥協した内容としました。
2つめは、大臣は気候変動に対するミティゲーション等に特段の配慮をしなければならないことを骨子とする上院の修正案45番が、そのような義務を大臣に課すのは不適切であるとの理由で下院により不同意とされたことについては、あくまで上院としてはこのことを再度主張するとして強い球を下院に送り返しました。一応そのような判断の「理由」は書かれているのですが、それは「このことについて下院での再考を欲するから」というものです。

ピンポンの行ったり来たりが速くなってきました。
上記の上院の考えが下院に送られてすぐの10月24日付けで、下院での動議内容が示されました。
https://publications.parliament.uk/pa/bills/cbill/58-03/0376/amend/levelling_day_cclm_1024.pdf
1点目については、不同意。
2点目については、上院の修正案45番に対しては不同意のままではあるが、以下のような代替案を提案しています。
「大臣はmust have regard to the need to mitigate, and adapt to, climate change-」のあとに、「NDMP(national development management policy)として定めることになる政策を策定または修正しようとする際に」というものです。

元は「special regard」だったものが単なる「regard」となり、そのregardの対象が直接的に「ミティゲーション」等にかかっていたものが「regard to the need to」とワンクッション置いてから「ミティゲーション」等にかかるように弱めています。さらにその対象となる都市計画がたくさん列挙されていたものを絞りに絞ってNDMPだけとしつつ、さらにそれも直接指さないように「in preparing a policy which is to be designated as a national development management policy」とここにもワンクッション入れています。
上院から「再考を欲する」と言われたことに対して一応再考された形となりました。妥協といえば妥協だけれども、上院への敬意を一応示した形をとりつつ最大限骨抜きにして丸くおさまるようにしている感じがします。球はきわめてゆるくなりました。

これら2件の動議がとりあげられる下院審議が既にスタートしています(日本時間19時半より)。ただし、現在中東情勢が、そしてウクライナ問題につき審議中で、かなり後の方の議題とされます。
https://www.parliamentlive.tv/Event/Index/9db95a96-3d7c-4727-9a2b-6239b728ddcd

 

[2023.10.25追加]

最終盤のラリーは進行が速いです。打ち返されるピンポンの玉の速度はきわめてゆるいものになり玉の数もあと2つですが。上記(10.24追記の内容)のとおり下院の考えがまとまったようで、すぐさま上院に文書が送られました(公開もされる)。
まとめると、
・上院の修正案22番は、さらなる修正についても不同意。
・上院の修正案45番は、上院からの再考要請に応じきわめてゆるい形にして大臣の環境への考慮事項を代替案の形で下院より提案。

これにもとづく(おそらく最後となる)上院会議が公表されました。午後3時から(日本時間午後11時から)で、他の審議事項のあと取り上げられる予定です。
Parliamentlive.tv - House of Lords

[2023.10.26追記]

上記のとおりの内容で「諾」となり、法律が確定しました。

最後にスピーチした労働党議員は、法律として確定することになったが、まだまだ残された課題は多い、と強調していました。

話は飛びますが、今朝の日経朝刊の記事で、最新の調査による保守党支持は25%、労働党支持は47%とのことです。本法案審議の最後のピンポンでは圧倒的な数の保守党議員が占める下院に押し切られた感じですが、来年の総選挙を経てどのような状態になっているでしょうか。

[2023.10.26追記2]

さきほど、本法案に裁可が下され、法律「Levelling-up and Regeneration Act」になったとの情報が掲載されました。
最初から最後まで法律ができる過程をフォローして、さまざまな発見がありました。とりわけイギリスの国会審議、委員会審議、下院と上院でのやりとりなどにとても興味深いものがありました。
この法律は2020年代のイギリス都市計画をウォッチするうえで最重要なものと考えます。経済的にも政治的にも社会的にも地域的にもさまざまな課題をかかえるとともに可能性ももつイギリスの都市計画の今後を、本法律の施行、都市計画システムの変更、レベルアップのための財源などを通してウォッチしていきたいと思います。

<了>

 

 

 

【参考】 2022.12時点の両院勢力分布

■下院[定数650/任期5年]
保守356、労働195、スコットランド国民党44、自民14、DUP8、その他33

■上院[定数なし(現員784)/任期なし]
保守262、労働175、自民83、クロスベンチ184、DUP6、その他49、聖職者25

 

本記事を「【研究ノート】Levelling-up and Planning」に入れました。https://tkmzoo.hatenadiary.org/entry/2022/05/18/100512