常磐線沿線地域(南相馬以南、広野町以北)の再生への道筋(その3)

3月1日。本日より広野町役場が元の庁舎で業務を再開しました。各紙も一斉にそれを報道しています。
さて、広野町は旧緊急時避難準備区域という意味では南相馬市原町区と同じですが、町の立地や現状はかなり異なります。「人口5500人のうち、現在町内に定住しているのは260人前後」(朝日新聞3/1)。ここには、①町に戻れない要因と、②隣接するいわき市が買い物や教育・通院などの面で機能していること、の2つが相互にからみ合いながら作用しているようです。
詳しくは各紙の報道等によるとして、ここでは、昨年11月時点でいわき市に避難していた方々(いわき市発表による)が、双葉郡常磐線沿線各町の震災以前の人口の何パーセントを占めていたかのデータをあげてみます(独自に割り算しました)。
南から北へ、広野町74%、楢葉町70%、富岡町34%、大熊町24%、双葉町17%、浪江町8%です。
このデータからみると、広野町(および楢葉町)は特にいわき市に避難している方々が多く、町の復興はそうした関係がかなり重要と思われます。
ふりかえれば、いわき市は1966(昭和41)年に大合併して生まれた日本一面積の大きい市(現在では静岡市が合併のため1位)で、人口は福島県で最大、工業製品出荷額は東北一、年間日照時間および平均気温が東北一長い/高い都市といわれています。
広域的視点も入れた生活圏の課題として地域の復興・再生を考えることが重要だと思います。

(その2)