『カーボンニュートラルの経済学 2050年への戦略と予測』(都市は進化する60))

「2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする」とのビジョンを実現するための戦略を経済学の視点から描いた図書が、2021.11.25に日本経済新聞出版から出ました。この本のおもしろさを、都市計画・地域創造の観点からいくつか書いてみます。

 

第一。2050年の「温室効果ガスの排出量を実質ゼロ」からバックキャスティングする事例として参考になります。特に序章にあたる「2050年-2つの選択」において、“グリーンもDXも豊かな社会も放棄した”選択Aと、“脱エネルギー・資源時代の到来”が達成された選択Bのシナリオが並列的に(ユーモアたっぷりに)描かれ、この序章だけでも「バックキャスティング」の意味を理解できます。主人公の小森は2023年4月に某銀行に就職し2050年に49歳になっているのですが、そこに至る小森の奮闘ぶり(と落胆ぶり←特に選択Aの場合)がリアルに描かれます。現在大学3年生か修士課程1年生の学生にとっては、まるで我が事としてストーリーに没入できるのではないかと思います。

第二。「バックキャスティング」にはできるだけデータの裏付けがほしい。けれども2050年は「計画」できないので、「2050年に温室効果ガスの排出量を実質ゼロ」という唯一の目標をもとに生活スタイルや産業構造などがどのように変わるのかを描くバックボーンとして、産業連関表を用いて、2050年の産業構造や産業別CO2排出削減率などを求めていきます。重要なのは、ムリヤリ「2050年に温室効果ガスの排出量を実質ゼロ」にすることではなく、できそうな変化を数値に置き換えていろいろ操作するなかで、どのようなシナリオは達成できそうなのか、どこにネックが生じそうなのかを明らかにし、さらにそのネックを解消するためにはどうしたらよいかを試行錯誤している点です。特に日本の特性として製造業に強みがあるのでどうしてもCO2削減には不利となるなかで、どのような政策やどのようなビジネス、ライフスタイルを強化することが大切なのかを探っています。

第三。「どのようなビジネス、ライフスタイルを強化する」かといっても、電気代を節約してガマンする、といった「我慢」路線ではなく、むしろ「自分自身の生活を豊かにすることが脱炭素社会につながり」「脱炭素社会につながるビジネスが成長する」。そしてそれらを促進したり方向づけるための政策~ここでは炭素税。グローバルには国境炭素税~の構想を論じています。

第四。総じて、本書では「計画」の限界にかわる方法としての「ビジョン」「目標設定」と、バックキャスティングによるボトルネックの発見、ポイントとなる場所や方法の特定、変数を操作しながらビジョンに近づく道の模索などを行っている様子が見て取れることにより、2050年という超長期でありながら(そのような超長期であるからこそ)プランニングしうることを示していることに興味をもちました。

「計画」はある一定条件がそろうことを前提に、目標を達成するための施策を順序立ててつくるものであるが、その前提条件が崩れた場合の用意がない。いわゆる「プランB」が存在しない。一方、「戦略」とは、状況を考慮にいれ、前提が崩れた場合の選択肢を用意し、柔軟に対応できるものでなければならない。(p74より)

 

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