『幻想の都 鎌倉』(都市は進化する85)

鎌倉が「武家の古都」として世界遺産に登録申請したもののそれを示すモノが乏しいとされ世界遺産にならなかったことが示すように、「鎌倉とは◯◯です」と明確に伝えることは案外難しい。

本書『幻想の都  鎌倉』は、歴史学の立場から、「結局、われわれが認識している古都鎌倉は、鎌倉時代そのままの「古都」ではなく、古都の魅力に惹かれた人々が、時代ごとに付け加えてきた由緒や魅力、いいかえれば「幻想」の集大成といえるだろう」(おわりに、p191)とするもので、副題に「都市としての歴史をたどる」とあるように、内容は、2万年前から今日に至る「鎌倉」の歴史です。光文社新書1198、2022.5.30刊。著者は高橋慎一朗。

 

新型コロナの2年間で、今まで歩いていなかった鎌倉をその周辺とのつながりも含めて「探訪」して回って得た感触も生かして、「幻想」を紡ぎ出す場、人々が暮らし経験する器(空間)としての都市の特徴からどのように「鎌倉とは◯◯です」と言えそうかを書いてみます。

第一。自然に囲まれた都市。鎌倉の場合、単に全体が囲まれているばかりでなく小さな単位でも囲われており、直近に自然がある。特に、「谷戸ユニット」のような単位がかなり多数有機的に構造づけられている。これらにより、都市でありながら人間が自然と一緒に暮らしている感がある。

第二。多様性。二次元の「土地利用」としても三次元の「風景」「景観」としても。その中身として歴史の多様性(多層性)も重要ですが、自然の多様性もとても高い。

第三。希少性。日本最古の武家の都。この部分が世界遺産登録申請の核といえそうですが、第一、第二の独自性のなかでこそ、この希少性が映えるものと思われます。逆に、800年の歴史を抜きに現在の「谷戸ユニット」の熟成された雰囲気も醸し出されなかったと思われます。

第四。高い建物が無い。突然工学っぽくなりますが、これにより、鎌倉駅近くからも周囲の自然がよく見え、第一の特徴を誰もが感じられる。不思議なことに、時間の感じ方もゆっくりになる。これは第二の点も関係していると思われ、また、「密度感」もゆるいことに起因しているかもしれない。

第五。首都への近接性(あるいはその一部であること)によって、「鎌倉」経験がいつでもできる。年間2000万人というその量が「鎌倉(の経験)」となる。

 

「世界は存在しない」(マルクス・ガブリエル)。同様に、唯一の「鎌倉」も存在しない。「私の鎌倉」は鎌倉に関心のある人数分存在しそれぞれ違う。けれども多くの人が共有している部分も小さくはないと考えられる。そうした「共有できる都市の価値」を大切にしながら時々確認作業を行い微調整することで、「それぞれに実感できる多様な価値」を、ジワジワとではあっても持続的に生み出しつづけられるのではないか、と思います。

 

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