『ヨーロッパ・コーリング』とイギリス都市計画

本ブログで「イギリス都市計画定点観測」をはじめたのが2011年8月11日。その冒頭で「初回は、今回の都市暴動とも関係しそうな議論」として、 「大きな社会(Big Society)とローカリズム法案(Localism Bill)の行方」について書きました。
ここで「今回の都市暴動」としているのは、2011年8月6日から13日まで続いたとされ、5名の死者を出したものです。ロンドンではその沈静化のために1万6000人の警察官を配置。この暴動の背景には、財政削減政策によるアンダー・クラスの増加や若者の失業など、現代イギリスやヨーロッパに共通する社会問題があったとされます。ブログを書いている8月11日は沈静化しつつあるとはいえまだ暴動がおさまっていない日本時間の14時頃、現地時間では10日から11日に移ろうとする深夜です。

本書『ヨーロッパ・コーリング』は、まさにそのあといろいろあったヨーロッパの、なかでもイギリスにおける庶民目線での(副題では「地べたからの」)レポート。ネットでもかなり話題になったブレイディみかこ著。岩波書店、2016.6.22刊。イギリスが国民投票EU離脱を決めた前夜までの、あの結果を読み解くための貴重な現地レポートです。2014年3月18日の「こどもの貧困とスーパープア」という記事からはじまり、岩波書店が出す本でこんな言葉を載せて大丈夫かとこちらが心配になるような表現に満ち溢れたエネルギッシュな書です。
ここではこの図書の紹介はこれくらいにして、本ブログ記事「大きな社会(Big Society)とローカリズム法案(Localism Bill)の行方」でとりあげた、キャメロン政権が進めようとしていたこの政策に対する4つの批判的視点からみて、その後のイギリス社会がどうなっていったかを達観的にまとめてみます。

第一の「複雑な社会だからこそ多様なステークホルダーのチェックを受けて中央で議論し決定しているのに、ローカル化を進めすぎると分割され、そうした声が反映しづらくなるおそれがある」との批判については、国民投票によって「EU離脱」という選択ができた(選択をしてしまった)という意味において、国民の声がローカルに分断されることなくとりあえずは突破口が開けたといえるかもしれません。もう少し正確にいうと、「多様なステークホルダーのチェックを受けて中央で議論し決定している」と思っていたことが実は中央では現実は正確にとらえられておらず、投票予測も正確にはできず、国民投票によって国民の(とりあえずは)真の声を聴くことができた、という結果でした。
第二の「代議制にも問題はあるとしても、直接民主主義を強めると力のあるところのみメリットを享受し、それ以外は中央の財源カットの格好の材料になる」については、例えば近隣計画のその後の策定状況をみると、そういう傾向がなくはないといえそうです(⇒関連記事へ)。
第三の「ユビキタスローカリズムでなく選別的なローカリズムが進み近隣間の分裂が進むおそれがある」については、『ヨーロッパ・コーリング』の中で、ローカルな場面におけるさまざまなコンフリクトがリアルに描写されています。ただしそれらはローカリズム政策の結果というより、ジェントリフィケーションの結果であったり、さらにその背後にある現代資本主義システムのローカルへの反映とみたほうがよいように思います。
第四の「「大きな社会」とは聞こえはよいが、結局は保守党が常に掲げる「小さな政府」のための方便にすぎない」については、「EU離脱」という結果そのものが雄弁に語っているように、かなりの程度そうだったのではないかと思います。それは直接的にはキャメロン首相の辞任という形に結果しました。あとを継いだメイ首相のこれまでの言動を見る限り、この姿勢はかなりの程度是正される方向に向いているようです。しかしながら現実の経済状況等によってはその実現には困難が伴うことも予想され、現時点ではまだ「気持ちの方向」といった段階かもしれません。

[関連記事]
・近隣計画を立てる気配の無い自治体はなぜそうなのか?
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20160302/1456880824