『PROSPERITY WITHOUT GROWTH』(Second Edition)

政府レポートとして2009年3月に執筆されたものが評判となり、2010年にEarthscanから出版(2012年に邦訳『成長なき繁栄』)。17の言語に翻訳されたものに大幅に手を加え2017年にRoutledgeから出版されたのが本書です(Tim Jackson著)。地球環境からの制約と、行き詰まりをみせる資本主義と、真の豊かな生活の追及という3つの課題を、「成長なき繁栄」との切り口から突破することができるとする内容。専門書というより政策提言、あるいは啓蒙書。ただし本書の背後にはマクロ経済学があり、こうした「成長なき繁栄」のマクロ経済に「現実的に移行できることがモデル的に解けた」などという部分(補注がふられている)を本当は理解したり発展させるべきなのでしょう。
さて、まずは「成長なき(without growth)」というややショッキングな表現の解説から。そもそも「資本主義(capitalism)」の一般的定義が、「市場経済」とは異なり「成長」を前提とするものなので、そうした前提は取り払うという意味であえて宣言している。しかし、「The end of capitalism?」(p222-225)かというとそうでもなく、ここでは「?」がつけてある。つまり、本書の提案は現在のような「casino capitalism」「consumer capitalism」ではない、政府の積極的なかかわりを求め地域コミュニティの能力などを活かすという意味で(資本の私的所有を前提とする資本主義に比べて)「less capitalistic」である。つまり、一般にいわれる「ポスト資本主義」を論じています。論としてはまだまだおおざっぱですが、出発点としては共有できそうな議論です。以下、興味深いと感じた点を2つあげます。
第一。第3章の「Prosperityを再定義する」の「Happiness wars」(p55-61)で、「幸福度」研究の成果についてふれ、p58で世界各国のGDPと幸福度の関係(同じくらいのGDPでも幸福度は大きく異なる)を示したあとp61において、「繁栄とは短期的な覚醒と長期的なセキュリティとの良好なバランス関係である」と定義。つづく「Bounded capabilities for flourishing」においてセンの議論と関係づけるなど、目標とする「prosperity」の要件や内容を深く吟味しています。
第二。政策を議論する第9章「Towards a ‘Post-Growth’Macroeconomics」の「Governing the commons」においてオストロムの成果をとりあげ、コミュニティーによる効果的なモニタリングを行うなどの条件があれば「コモンズの悲劇は起こらない」、また、「政府の役割は市民が繁栄できるcapabilitiesを用意することである」(p200)などを議論しています。(地域・近隣レベルでのガバナンスがどのような条件のもとで有効かの議論。)
最後に。世界中の読者がいる本書のエピソード。著者が国連の会議で「growth dilemma」についてスピーチを行ったところ、司会者が「このような「成長(growth)」の議論は既に成長をとげた贅沢な国だけの議論なんでしょうかねぇ?」とエクアドル代表の大臣に質問。すると、「もし「成長」が利己心と消費が基本となる社会に達することを意味するのでしたら、私たちは「成長」したくありません」との返答だったと。(プロローグに紹介されている。補注6番に参考資料)

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【in evolution】世界の都市と都市計画
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