『RULE BY AESTHETICS』

カリフォルニア大学バークレー校に提出された博士論文をもとに書かれた、目の覚めるように鮮やかな、地を這うように集められ考えられた、出色の書。Oxford University Press、2015刊。副題は「World-Class City Making in Delhi」。著者はAsher Ghertner。
実はこの本の主要部分は既に本ブログでとりあげた以下の2つの図書(オムニバス)に取り上げられています。
一つは『Worlding Cities』(2011)。世界的な都市になろうと必死にその策を考え実行する成長途上の各都市の都市計画を描いたこの書で、「インドのバンガロールコルカタ、デリーを扱った第3部「New Solidarities」は圧巻というか壮絶。特に第11章のデリーのスラム撤去をめぐるストーリーはまさに「Art of Being Global」の象徴といえる内容でした。」ととらえていました。この第11章の著者が本書の著者です。このときは「圧巻というか壮絶」ととらえましたが、本として通しで読んでみると「鮮やか」さが目立ちます。
もう一つは、『CONTESTING THE INDIAN CITY』(2014)。1990年代に市場を国外に開放したインドの諸都市について書かれたこの書で、「ムンバイの代表的スラム「ダーラビー」の再開発をめぐる葛藤は、グローバルな力と国内のローカルな場所とのせめぎ合いが、国レベルの土地・不動産制度の改正、動かない政府をコンサルタントとして動かそうとするM氏、地元民からの訴えを聞きそれを代弁しようとする自治体議員、M氏が策定したスキームによる国際コンペに応募しようとする建築家や不動産事業者などが複雑に入り乱れて争う(contesting)プロセスとしてリアルに描かれ」ていると紹介していますが、デリーを扱った第7章がAsher Ghertner氏によるもので、台頭してきた中産階級勢力を組織化してそれまでの古い政治体制を打破しようとするデリーの戦略が具体的に描かれています。

『RULE BY AESTHETICS』というタイトルから、『Worlding Cities』の方はすぐにピンときたのですが、『CONTESTING THE INDIAN CITY』の議論がこうした形で組み込まれたのかとかなり驚きました。短く紹介すると、中産階級の近隣組織を組織化して、世界レベルの都市になるのだという共通イメージを強化することにより、各近隣では公有地を占拠しているスラムの撤去を裁判所に求めかなり多くのスラムが撤去されたという内容です(特に2000年から2010年までを扱う)。
『RULE BY AESTHETICS』ではこれら2つのコアとなるストーリーを、「なぜ審美的な基準だけで(端的にいうと見た目だけで)スラム撤去が裁判所で支持されるのか?」について、「Nuisance(不快なもの)」概念の変化にあることを突き止め、その変化の要因や解釈の変遷、実際の中産階級住宅地での会話の内容と裁判所への請願書の分析により、確かに「Nuisance(不快なもの)」概念が(中産階級から)広く支持されていると論証します。
しかしこの本がすごいのはここからで、筆者は、撤去されたほうの住民にも寄り添い、撤去自体には不平があるものの彼ら自身が描くデリーのあり方も「世界レベルの都市」になることであり、自身もちゃんとした敷地のある家に住みたいと思っていることなどが分析されてゆきます。

現実の都市は複雑で、「クラス」間の不公平問題も放置できず、新しい理論はそう簡単には出てきません。どうしても研究は狭くなり、精緻にはなりますが現実のステレオタイプにも縛られて(自分ではそう思っていなくてもそうなりがちで)思い切った突破ができません。突破は思い切るだけでなく、じっくり何年も取り組まないとあらわれるものではありせん。何年かけてもダメな場合も多いのが現実です。
本書はそういう意味で、久しぶりにみた快作です。まだ1事例のため、本当の快作か、この場限りの快作かはわかりません。けれども、研究姿勢そのものに共感でき、仮説から実証に至るプロセスや、実証方法の組み立て方、現場と概念につながりを見つける独特のセンスが光ります。

[関連記事]
・『Worlding Cities』
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20130507/1367897544
・『CONTESTING THE INDIAN CITY』
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20160121/1453346049

【in evolution】世界の都市と都市計画
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http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170309/1489041168