9月。100年前の「スペイン風邪」の感染者5億人、死者2000万人(いろいろ説があるが最も多く出ている数)。致死率4%。今回の新型コロナは現在、感染者2億人、死者450万人。致死率2.25%。仮に今、道半ばだとすると(5分の4くらいの地点だと思いたいところですが。)単純に倍にして感染者4億人、死者900万人。ほぼ「スペイン風邪」並みになりそうな勢いです。
では、アフターコロナの都市や都市間交流、通勤や通学、会議や買い物などはどのようになるのでしょうか。
雑誌JAPA(Journal of the American Planning Association)の最新号(Vol.87(3))をペラペラめくっていると、「Right Sizing」についての興味深い議論が特集されていたので、これについて少し触れ、そのあと「Right Sizing」を拡張しアフターコロナに関連させて少し書きます。
Vol.87(3)のうしろの方にある「Viewpoint」では、1年ほど前に同誌に掲載されたミシガン州フリント市に関する「Right Sizing」の提案(人口密度が低いエリアから水道管を撤去して行政の効率化をはかろうとするもの。企業城下町の市街地がスカスカとなる、日本的に言うところの「スポンジ化」問題解決のために、市街地を「適正なサイズにする= Right Sizing」都市計画。)を批判し、そもそも「人口密度が低いエリア」に住んでいるのはアフリカ系アメリカ人で、歴史的な差別等によってそうなっていることを踏まえないこうした提案は、そうした人々をさらに立ち退かすことになり二重の差別になるのだとしています。
「Viewpoint」に続くのが「Commentaries」。以上の議論に対して6人の論者がさまざまな見解を述べていて興味深いです。1,2,4番目だけ短く紹介すると、まず1番目の論者は批判された当事者本人が反論しており、「Right Sizing」の都市計画の必要性を再度強調します。2番目の論者は両方の見解を汲み取って、参加型で「Right Sizing」にも貢献しうる活動を展開しているデトロイトのLEAP(Lower Eastside Action Plan)につき紹介しています。4番目の論者が興味深いのは、「Right Sizing」をグローバルな視野から日本も含む「それぞれのやり方」の構図を示したうえで、アメリカに特有な困難さを浮き彫りにしつつ、フリント市の「Right Sizing」を評価している点です。
さて、「Right Sizing」の概念。かなり飛躍しますが、新型コロナまでの(直前の)私たちの生活や、それらが蓄積してできあがった都市構造、都市間関係などは果たして「Right Size」だったのでしょうかということを、新型コロナは問いかけているように思います。「住む」「働く」「通勤する」「遊ぶ」「出張する」「都市施設を使う」などの毎日の生活について「Right Sizing」することを、半ば強制されて、やりすぎたり、元通りになりかけたりしている私たち。
先週8月27日に、横浜市用途地域見直しについての答申がありました(正確には、「見直しの基本的考え方」)。いわば、横浜の郊外を、横浜の都市構造を、首都圏における横浜という都市を「Right Sizing」する視点がさまざまな形で盛り込まれていると言えなくもありません。年内を目途にパブコメも予定されていますので、「Viewpoint」と「Commentaries」の関係のように、「住みたい都市」をめざして都市計画が進化するきっかけになることを期待します。
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