「Are We Planning for Equity?」(都市は進化する67)

雑誌JAPA(Journal of the American Planning Association)のVol.87(2)に、標記の論文が掲載されています。Comprehensive PlanにEquityの観点がどれだけ盛り込まれているのかを分析したもので、重要な内容と考え少し紹介してみます。

日本語に馴染みのない「equity」とは何かについて、以前の記事でも悩んだことがあるのですが(⇒関連記事)、今回は英英辞典的に最も近そうな説明を抜き出すとすると、

the situation in which everyone is treated fairly according to their needs and no group of people is given special treatment

あたりではないかと思います。この説明は前半と後半に分かれており、前半では「誰もがそのニーズに基づきフェアーに(公正に)扱われること」、後半では「どの集団も特別扱いしないこと」で構成されます。(この論文では「equity」そのものの概念の説明はわざわざしてはおらず、都市計画マスタープランにあたるComprehensive Planそのものをいろいろな角度から分析しています。ミシガン州の48の事例が対象。)

ここでは、その結論が興味深く、新しい傾向のComprehensive Plan例がいくつも取り上げられているので、それを簡単に整理してみます。

 

まずは結論から。仮説では、より多様でより低所得の傾向のある自治体がよりequity重視かと考えられていましたが、その仮説はそういう傾向はなかったと却下されます。そのうえで、「新しいプランほどequity重視である。1年新しくなるごとに、equityに焦点を当てた勧告が3%、一般的なequity関連勧告が2%増加する」。(←おお、これは「新しい資本主義」を模索するポスト新自由主義的傾向のようにみえる!)。また、参加の機会(モード)が1つ増えるごとに「equityに焦点を当てた勧告が14%、一般的なequity関連勧告が5%増加する」。(←これもたいへん興味深い)。さらに、計画策定スタッフにプランナーが増えるごとに「equityに焦点を当てた勧告が31%、一般的なequity関連勧告が21%増加する」(←この違いは大きい!)。

新しい傾向のComprehensive Plan例(自治体名)。3つだけあげます。

Livingston County。City of Kalamazoo。City of Richmond。

 

なかなか興味深い結果なので、本当にそうなのか、どのようにそうなのか、そのようなことが、どのような意味をもつのかなどについても気になるところです。また、これからの日本の都市計画のありようについて考える際の切り口にもなりそうだと感じるところです。

 

🔖検索 「公平」「公正」

 

 

[関連記事]

New Urbanism & American Planning

https://tkmzoo.hatenadiary.org/entry/20111101/1320112303