THE GREAT INVERSION

アメリカ諸都市に最近強くみられるようになった中産階級都心回帰傾向を、これまでの郊外化からの「反転(inversion)」ととらえ、これからのアメリカ都市について考えたルポルタージュ風論説集。9章構成のうち2から9章がケーススタディーとなっていて、シカゴ、ニューヨーク、アトランタ、ワシントンDC、フィラデルフィア、ヒューストン、フェニックス、デンバーが対象です。
ALAN EHRENHALT(ジャーナリスト)著、VINTAGE BOOKS、2012刊。

「反転」という大きな枠組みのもとにいくつかの関連し合う諸現象を取り上げているため、ここで議論されているテーマを分解して考えてみます。
第一。ベルリンの壁崩壊後「ネオリベラリズム」が力を持つと、アメリカ諸都市のみならずロンドンでも人口が過去最大になり、東京に諸機能が一極集中するなど、特に経済力の強い大都市部に諸機能が集中し人口も増加。そのアメリカ版が描かれており、特にシカゴ、ニューヨーク、アトランタの章は切り口が異なるもののそのような傾向の都市についての諸現象を紹介している。政策的意図がないのに自然にそうなった風に描かれている。
第二。近年成長が著しい都市はリチャードフロリダがいうところの「クリエイティブクラス」が求める都市環境が整っている都市で、それは郊外の退屈な静けさではなく、都市的雰囲気をもつクリエイティブな環境である。デンバー郊外がそのように生まれ変わりつつあり、フェニックスでは失敗を繰り返しながらも最近そのような可能性が出てきたことが紹介されている。ワシントンDCの章もこのあたりのテーマ。これらは、都市政策との関連、特にニューアーバニズムの成果との関連がみられる。
第三。独自の切り口からフィラデルフィア、ヒューストンが語られている。フィラデルフィアでは都心直近の住宅地が放棄される傾向が強く筆者はこの原因をフィラデルフィア独自の給与税(wage tax)であると特定。一方、ゾーニングの無いヒューストンではデベロッパーの意向次第で都市の状況が流動化しやすい。そのような背景もあり、都心部直近の「第三地区」をジェントリフィケーションから守ろうとする特異な動きがあることなどを紹介。

このように3つの要素に分けると、第一は避けられないグローバル規模の大きな力のアメリカ的現れ、第二はそのような力をうまくとらえつつクリエイティブクラスが働きやすい環境を整えようとしてきた成果と課題、第三はそうした一般論からはみ出る都市の特異性を描き出したものと整理できそうです。
多様な現象を大風呂敷で包んだ感が否めませんが、たとえばシカゴのシェフィールドの様子、マンハッタンのウォールストリート付近にも住民がたくさん戻ってきている様子など、個別の描写に興味を引く箇所が多数あり、都市イノベーション開墾に加えておくことにします。基本的に、分解した3つの要素はそのまま日本の都市を理解する切り口でもあると考えられます。

[関連記事(第一の点)]
・『大格差 機械の知能は仕事と所得をどう変えるか』(都市イノベーション2020 第62話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20141126/1416983696
・「ロンドンの人口が史上最大に」(イギリス都市計画定点観測)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20150115/1421291884
・『グレートリセット』(都市イノベーション読本 第2話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20110705/1309855332

[関連記事(第二の点)]
・『THE OPTION OF URBANISM』(都市イノベーション読本 第3話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20110712/1310442356
・『RETROFITTING SUBURBIA (updated edition)』(都市イノベーション読本 第82話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20130219/1361249505