『心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学』(都市は進化する131) (AIは世界をどう変えるか(その8))

トルストイのアンナ・カレーニナの話ではじまるこの本。主張ははっきりしていておもしろいです。近年のさまざまな分野の知見をもとに書かれているという意味で、単なる主張というものでもありません。あえていえば、「近年の科学的成果にもとづく心の動きに関する新しい推論」という感じでしょうか。

原題は「THE MIND IS FLAT : THE ILLUSION OF MENTAL DEPTH AND THE IMPROVISED MIND」(2018)なので、日本語の訳語もだいたい対応しています。ニック・チェイター著、高橋達二・長谷川珈訳、講談社選書メチエ767、2022.7.12刊。

 

「この本の科学的成果は何だろう」とさがしてみると、訳者解説の中(p320)に少し書かれています。

「チェイター教授は、論理学でなく確率論、形式的な合理性ではなく適応的な合理性、本質ではなく関係、実体の属性ではなく界面の特性、といった転回を具体的に推進してきた第一人者」と。

そのような観点から、従来型の学問的成果をバッサバッサと切り捨てる訳語感を気にせず、むしろ、「そのような新たな観点から学問するとどのような推論が導けるか」との態度で読んでみるとよいと思います。最後のほうで「機械の大群がずんずん前進して人間を置き去りにするのではないかと心配する向きには、これは多少の慰めとなるはずだ。想像力と比喩が私たちの知性の秘密ならば、この秘密は、何世紀も、あるいはひょっとしたら永遠に、人間の脳のなかに厳重な鍵をかけられたまま守られるかもしれない」(p306=第12章の最後の頁)と結んでいるように、本書で書かれているのは「確率論、適応的な合理性、関係、界面の特性」であって、そのような観点からわかってきたことが書かれ(わからないこと/わかろうとしないことは書かれず)、それらに基づき推論している(仮説を述べている)。

 

都市計画に最も近い部分を1か所だけあげます。元の文章の「文化」を「都市」に置き換えてみますが、都市計画も「確率論、適応的な合理性、関係、界面の特性」に主たる関心があるのではと思わされる部分です。

「個々人の心から社会全体へと目を移すと、都市というのは規範として共有された前例とみなせる。何を行い、何を欲し、何を言い、何を考えるのかという前例が共有されることで、個人においてのみならず、社会の中に秩序が創り出されるのだ。新たな前例を敷き詰めていくことで徐々に、そして集団的に、私たちは都市を創る。そして新たに作った前例というのは古い共有された前例に基づいているのだから、都市のほうも私たちを創り出している。人の「自己」というのは、ほかから切り離して考えた場合は、部分的かつ断片的で、ひどく脆い。にもかかわらず集団としては、驚くほど安定し整然とした暮らしや組織や社会を構築している」(p309-310)

 

[参考(関連すると思われる図書)]

CITIES, DESIGN & EVOLUTION

 

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