ロンドンOxford Streetに建つ歴史的建造物の再開発計画が大臣により却下されました (その2: 却下の理由づけ)

地元Westminster区も、ロンドン市長も、インスペクターも揃って「可」とした再開発計画に対し、大臣が「否」としたのはどのような論理や考えにもとづくのか。

2023.7.24の記事の続編です。

特に、「地元区、ロンドン市長、インスペクターの三者がすべて「可」だったものを覆した大臣の判断理由が知りたい。イギリスメディアでは、単に歴史的文脈の重視ということを超えて、2050年にゼロカーボンをめざす国策(というよりグローバルな目標)に反することが特にとりあげられており、どのような論理や重みづけによって、他にも多数あるはずの「可」となる重みよりも「否」とする側に判断したかという論理的・政治的・経済的・社会的意味を確認したい」とした第五の注目点についてです。

前回リンクした資料のうち「決定通知書」にあたる最初の14頁を読み解きます。ここでは主に、インスペクター報告書の内容の適否を1つ1つ吟味しながら大臣の見解が詳細に綴られています。きわめて精緻なその文章の骨子を読み取ります。

 

第一。却下というと「歴史的建造物の保存が重要だったんだね」という単純な連想をしがちですが、この部分については大臣も、新たな建築物も歴史的文脈について十分に踏まえるなどにより現在の建物が重要だとしてもそれを壊してはいけないという判断にはならない、という点でインスペクター報告書の見解と大枠では一致しています。

第二。問題にしたのは、ゼロカーボンをめざすこの時代に、建て替え以外の方法を検討した形跡がみられない点でした。この点についてはインスペクターも改修(refurbishment)等の代替手法の検討の経緯について明らかにしようとしたものの突っ込みが不十分であり、大臣としてこの点は見逃せない。

第三。たとえば、たいていの場合はマークス&スペンサーのお決まりの基準などに言及するにとどまっており、改修の原則的な部分について地元自治体の間で議論した形跡もみあたらない。つまり、インスペクター報告書では、こうした代替案の検討についてその証拠をきちんと吟味しておらず、「there is no viable and deliverable alternative(可能でありかつ実際に使える代替手法はみあたらない)」「there is unlikely to be a meaningful refurbishment of the buildings(従って意味ある改修となるのはとてもむつかしい)」としたインスペクターの結論を採用するのは安全とはいえないとしました。[註 : buildingsと複数形になっているのは、3棟壊して1棟にまとめる計画のため]

第四。マークス&スペンサーは「もしこの再開発計画が却下されたら、この場所にそう長くはとどまらないだろう」「そのことはこの街への大きな負の影響になる」との見解を示しているが、このような一等地ではたとえ空き家が発生したとしても他の利用がなされると予想され、従って街への負の影響もとても小さなものと考えるとしています。

第五。ゼロカーボン政策はまだ形成途上のものであるなどの理由で、インスペクターはそこに大きな重みを与えていないが、大臣にはそこに大きな重みづけをする権限が与えられている。

第六。許可を前提にして「許可条件」や「計画義務(planning obligation)」がつけられているが、そのことでもって大臣の却下理由を覆せるものとは考えない。

 

実際の判断理由はきわめて論理的かつエビデンスベース(特にインスペクター報告書で吟味されている内容を1つ1つ再吟味)であるうえに、個々の判断の重みの程度についての表現にも段階があり、複数の異なる価値の比較衡量も各所にみられ、それらの積み上げにより結論に迫っているためとてもデリケートな内容なのですが、ざっくりとらえると上記のようなものととらえました。

 

もしこれを不服として「6週間以内に」高等法院(High Court)に申し出た場合には、「大臣が法の趣旨・内容に沿って適切に判断したかどうか」が吟味・判断されます。その場合、どのような論点がありそうかについて少し(ざっくりと)想像してみます。

1つは、「第五」のところで大臣の権限にもとづく重みづけが正当化されていますが、本当に都市計画法の運用においてここまで重みを大きくして判断したことが適切であるかどうかという点。2つめは、「第二」「第三」のところで代替手法が検討されていない(ようである)ことをもって「インスペクターの結論を採用するのは安全とはいえない」としている部分で、果たして開発計画の申請の際に、都市計画法(等)でそこまで厳密かつ客観的に代替案を検討せよといっているのかとか、実際に検討したかどうかの判定が適切になされたかどうか(申請者は本当はちゃんとやっていたことを示したのにきちんと取り上げてもらえなかったとか、そもそもそうした証拠の提示は求められなかっただけで実際には検討していたなど)。3つめは、「第四」に関連する経済的側面。1つめも2つめも結局「環境」、なかでもゼロエミッション政策に大きな重みが与えられるがゆえの判断であるのに対して、ロンドンの一等地での経済活動の振興の観点にも十分な重みが与えられるべきであって(マークス&スペンサーがそこにとどまるかどうかという次元の問題ではなく)、「重み」のバランスが適切ではないのではないかとの議論。

 

7月20日から「6週間以内」というと、ほぼ8月末までにこの判断が固まるか、「次」に展開していくかがわかります。固まった場合には、都市計画判断としてはとても大きな意味をもつことになりそうだと考えます。ある意味、日本に対しても。「次」に展開した場合には、それもこうした判断の仕方についての議論を経て法制面にも影響を与える可能性を感じます。