能登半島地震から2ヶ月のまちを歩く(3) 建物倒壊・建物被害

首都直下地震による大きな建物倒壊被害が想定される中、輪島のまちを歩きました。途中、七尾を過ぎるあたりから被害が目に見えるようになり、輪島に入ると広い範囲で倒壊家屋がそのままになっています。今回は「木造密集」との関係を特に注意しながら歩きました。

 

第一。市街地大火エリアの東側に倒壊が多く、つながりからみて、大火がなくても倒壊被害はかなりの程度だったと思われます。

第二。倒壊はその付近だけでなく中心市街地にひろくみられます。西側の川が焼け止まり線になっていますが、倒壊被害は川を越えた輪島港方面の市街地にも続きます。

第三。密集している場合、1棟でも倒壊すると道路(といっても狭いものが多い)を塞ぎ、避難も困難となり、(その2)では防火水槽が使えず初期段階の消火に支障をきたしていました。

第四。もちろん、そこに住んでいる方の命にかかわる。倒壊まで至らずとも「全壊」となり大きな痛手となる。

第五。木造風建物で構造はしっかりしているものや、木造であっても被害を免れているものなど多様で、今回の被災から学べる教訓はたくさんありそうです。

 

今回、このような大きな地震になるとは思っていなかった。公式にも発生確率はきわめて低く示されていた。たとえば、「1000~2000年に一度しか動かないとされる活断層だから」「1729年の享保地震からはまだ300年しか経っておらず」動くはずはない、のようなとらえかたになりがちですが、科学的根拠はそう強いとはいえない。

 

昨年10月20日のシンポジウムで、倒壊被害が見逃せないことをお話ししました。1棟の倒壊が、副次的な被害の拡大のもとともなりうる。建物がダメになってしまったら、その後の生活がきわめて困難になる。

今回、「水」がこなくなった困難の長期化が人々を苦しめていますが、ようやく通水して、元の家に戻ってくるケースも増えているようです。輪島市街地を歩いた感じでは、スーパーなどの基礎インフラは動いているので、家が使えると使えないとでは困難の度合いが大きく異なると思われます。

 

政策・施策・技術・制度・働きかけ方などを組み合わせた減災の推進が急務です。 

 

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