『スマート・イナフ・シティ テクノロジーは都市の未来を取り戻すために』(AIは世界をどう変えるか(その10))

「本書は、破壊的テクノロジーという単純な魔法で都市を再編するという、夢みがちな都市イノベーターたちの神話を打ち砕く。それは、都市をスマートにすることをビジネスとしている人々への警告であり、道しるべである。技術者は、優れた技能と慎重なプログラム設計を統合し、同時に都市生活の複雑さと矛盾を共感を持って受け入れることによってのみ、都市に大きなプラスの影響を与えることができる。」(序文p8)との言葉で元ボストン市最高情報責任者により紹介される本書は、「スマート・シティ」の不十分さを「スマート・イナフ・シティ」との概念により克服するためのビジョンを綴った警鐘と実践の書です。

ベン・グリーン著(中村健太郎・酒井康史訳。人文書院、2022.8.20刊)。原題は「THE SMART ENOUGH CITY」。副題が「Putting Technology in Its Place to Reclaim Our Urban Future」。MIT Press 2019。

 

「AIは世界をどう変えるか(その9)」での西垣通氏の警鐘が情報学の立場からのものだったとすると、本書は都市計画も含む行政全般への警鐘と基本的対処方針の提起の書です。「イナフ」となるためのいろいろな取り組みが紹介されています。

本書の趣旨・問題意識は、本ブログの「Sidewalk Labs(グーグル関連企業)の開発基本計画(トロント市)の行方」で描写する状況でほぼ代替できそうなので、ここでは本書の範囲を少し広げて近年起こっている諸分野での課題をいくつか綴ります。なお、上記トロント市の計画はその後すぐに「取りやめ」となっていますが、「都市の人々のさまざまなデータを取得して(AIに学習させ)それをもとにビジネス展開する」という意味では、加速度的に新たな状況がグローバルに出現しつつあります。

 

同時に起こっている見逃せない動向の1つめ。経済格差の拡大です。テクノロジーそのものが問題というよりそれに付随する産業の変化により特定の企業等に利益が集中する問題です。最近、「本当にこれらのテクノロジーは価値を生み出しているのか?」について新たな理論を提起しているマリアナ・マッツカートに注目しています。これらテクノロジー企業は価値を「創造している(creation)」のではなく「抜き取ってる(extraction)」だけなのだと。

2つ目。先週末のBBCで放映されていたもので、「データセンター」が土地利用やエネルギー消費に及ぼす影響です。地球上で生産される「情報」の多くは「データセンター」に蓄積されており、そのセンターの面積そのものが土地利用としても無視できないほど巨大化している。それだけでなく、「データセンター」を構成するコンピュータは直接エネルギーを消費するばかりでなく熱を出すのでそれを冷却するエネルギーも膨大なもので、近い将来、地球上の電力の15%はこうした「データセンター」がらみのものとなるとの予測もある。番組ではアメリカの例、アイルランドの例などが紹介され、地方振興のために「データセンター」を誘致したつもりだったのに水資源なども浪費するお荷物と化し、近年では「データセンターお断り」の動きも強まっている、といった内容でした。

 

ところで、本書を刊行したのは「人文書院」という人文系の出版社です。著者のベン・グリーン氏は応用数学・アルゴリズムが専門ですが、「人間とアルゴリズムの相互作用、AI規制を中心に、政府のアルゴリズムがもたらす社会的・政治的影響について研究を行う」と紹介されていて、訳者の2人もそうした観点から本書の出版を企図したものと想像します。「複雑な世の中の課題~本ブログ的には複雑な都市計画課題~に立ち向かう際に、ビッグデータをリアルタイムに解析できるAI(機械)と人間臭い民主主義などの試み(生命)をどのように組み合わせるのか」(←(その9)から引用)。AIの可能性を高めるにはこうしたバランスある人類の取り組みが必須なのだと思います。

 

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