【Urban Walk】(海の辺の道) 浜離宮から天王洲まで [2023.10.24更新]

奈良盆地の「山の辺の道」をこの春歩き、都鄙境を縫うように連なり都市の生活文化・歴史・自然を統合するその道の魅力に引き込まれました。

「Vision 2034 Tokyo」にも入れられないだろうかと。

そこで1つめが「海の辺の道」。

空海陸3つの「ゲートウェイ」を結びつけながら、Urban Parks and Gardensの一部を取り込みます。普段は見ることのない、埠頭や倉庫街、さまざまな船などの「物」だけでなく、海や空、風や潮の香りなどの「自然」とふれあい、地球規模での物流を体感します。そのような場所はUrban Venueそのものにもなりうる可能性も秘めている、、、

これからゆっくり組み入れていきます。「丘の辺の道」とペアになります。

まずは、「(仮)およその位置イメージ」を入れてみます。図の上(北)から下(南)に向かって歩きます。

(仮)およその位置イメージ 下図は国土地理院デジタル標高地形図(2006.3)

[以下、部分を書きながらつなげていきます。]

徳川家康が江戸に入ったときには海や芦原だったところに埋め立てを重ね、「浜御殿」とした(⇒「汐入庭園」都市探訪11)現在の浜離宮を「海の辺の道」の出発点とします。築地市場跡地再開発、“Tokyo Sky Corridor”などにより、海の側にも、陸の側にも結びつきを強めるとともに、(幻の迎賓館)「延遼館」の復元(現在棚上げ)も含めて浜離宮自体の魅力アップも検討されており、この地を「海の辺の道」の起点とすることで、その効果の波及を期待します。

れから歩く「海の辺の道」は、縄文や弥生、古墳時代から歴史を蓄積してきた「丘の辺の道」とは異なり、古くて近世、たいていは近代以降に埋め立てられた場所にあります。

-------------------------

「海の辺の道」の「辺」の姿は、大きく分けて、1)前方が海面となり開放的な場所、2)海面のひろがりがある程度あるが囲まれた場所、3)運河沿いの場所(運河の幅もさまざま)、4)運河が交わる「溜まり」のような場所、5)船溜まり(個性的)、くらいの種類がありそうです。土地利用の特性からそもそも入れない場所も多く、そこでしかない特別な場所などもあります。

大きくみて、浜離宮から竹芝までが1)、日の出は1)に3)が加わる。芝浦に入ると1)の立ち入りが難しくなる反面、2)3)4)5)の「海の辺」が多様にあらわれる。この調子で天王洲に至る。

------------

------------

------------

(ここで、今まで辿ってきた浜離宮から竹芝、日の出の「海の辺」全体を振り返り)

「バーク芝浦ビル」14階に登ると、港全体が眺められます(「海の玄関」(都市探訪111))。スカイツリーの見えている手前の緑あたりから浜離宮がはじまり、左端に竹芝桟橋が見え、手前側の日の出桟橋へと続きます。右上に解体前の晴海客船ターミナルが写っていますが、ここに計画されている小規模ターミナルができると、中小型船が行き来する新しい「海の玄関」があらわれてくるものと期待します。

----------------

(ここから芝浦)

「水辺生活」(都市探訪84)は「2)」の例で、ここにしか見られない特異な風景に出会えます。
「1)」の特別な場所としては、今あげた場所にも近い「芝浦南ふ頭公園」付近から見るレインボーブリッジをあげたいと思います(⇒「希望の橋」都市探訪87)。このあたりからブリッジに登りお台場方面まで歩くこともできることもあり、「海の辺の道」の主要地点として工夫が加えられることを期待します。

しかしなんといってもこのエリアを特徴づけるのは運河です。もしかすると、これだけ多様な運河空間が味わえるのは日本一かもしれません。「東洋のヴェニス」と(かなり背伸びして)言ってもよいかもしれない。例えば近年、さまざまな水上交通が開発途上にあります(「運河交通」都市探訪184)。2025年度にS棟が完成予定の「芝浦一丁目計画」では、そのS棟の足元に「船着場」が計画されていて、芝浦運河の舟運や港の水上交通がさらに活性化されることが期待されます。

芝浦には船溜まり(先の分類の5))が2箇所あり、それぞれ個性的で存在感があります。その1つ、「都心船溜」(都市探訪190)は名前をつけたくなる田町駅直近の船溜まりで、すぐ隣が親子連れでにぎわう「芝浦公園」。この、公園←→船溜まりという、レアな組み合わせが「海の辺」の新しい姿として心に残ります。もう1つは、日の出の方に少し戻った「重箱堀」。やや大げさにいうと、「都心に奇跡的に残った何もない四角い船溜まり」。その「何もない」その水面に水鳥がいたりすると、さらにその風景に引き込まれます。

水面は季節や時間帯によって、また風の具合によって映し出す風景を多彩にデザインするので、「街の姿」は一様ではありません。
「水陸融合」(都市探訪92)は、少し田町駅寄りの幅員のあまりない運河の橋(八千代橋)から「芝浦アイランド」側を見たものです。江戸と未来を融合したような雰囲気にも見える不思議な風景です。
夕暮れ時になるとさらにさまざまな要素が、運河の街のあちこちに融合されます。

--------------

品川エリアにはいると、海が遠ざかり、直接的な「海の辺」のイメージが抱きづらくなります。そこで想像力を動員することで、新しい「海の辺」の可能性を発掘してみます。

品川埠頭は、その独特な風景ゆえにロケ地として使われたり写真の材料になったりします(⇒「水際風景」都市探訪188)。「立ち入れない場所」ということ自体に価値があるというか、ここが“港湾都市”であることを強く印象づけられます。ここでついでに「世界の物流はどうなっているだろうか?」と「Marine Traffic」と検索するのもよいかもしれません。近海にうごめく無数の船舶に驚愕するとともに、中国からの海運の姿や、東京臨海の「水際」の姿が観察できます、、、
とはいえ、「陸の玄関」品川駅から1km少々の品川埠頭(の一部)を「海の玄関」としてもっと開かれた場所にできないものかと、想像力を働かせて少し考えてみます。客船の大型化に伴い晴海旅客ターミナルも廃止され、沖合の埋立地に国際クルーズターミナルが稼働しています。水深10mある品川埠頭(竹芝埠頭・芝浦埠頭は7.5m/横浜大桟橋は12~11m(関連記事「竹芝桟橋v大さん橋」))もかつては客船の接岸もあったとされます。仮に、5万トン以下の客船は品川埠頭に接岸可能とし、2023年の国際クルーズターミナル入港予定船をみると、30件が5万トン未満(うち最大の42000トンのEuropa2の吃水は6.2m)、5万トン以上は6件にすぎません。超大型ではなく優美な中大型客船が接岸する新たな「海の玄関」を想像します。

 想像ついでに、このあたりの「海の辺」に排出される膨大な「水」についても考えてみます。「芝浦水再生センター」は、東京都心部の広域の水(下水+雨水)を再生する施設で、その排出口も最も都心寄りにあります。「品川シーズンテラス」によって主要部の西半分の上空を公園化。残りの部分ほかかなりの面積がセンター関連施設です。都市が動き続けるためには必須のこの施設について考えたのが「「芝浦水再生センター地区」ビジョンをめぐって」。「丘の辺」側に1つ、「海の辺」側に1つ、日比谷公園規模の「都市型緑地空間」が2034年頃までに姿をあらわすものと想像します。

こうした大規模緑地空間のみならず、「丘の辺」と「海の辺」の間に開発中の、およそ札ノ辻付近から八ツ山橋付近に至る南北2kmほどの緑地空間(デッキ階やその上方のテラス(階)などが連続して緑化される)は、「鳥や昆虫などが飛び石的に利用でき」、「丘の辺」と「海の辺」が生態的につながる様子が描かれています(『品川駅北周辺地区まちづくりガイドライン』p60(⇒品川フィールド20で資料にリンク))。「風の道」の確保も重要な課題です。

------

八ツ山橋を下ったところに「品川船溜(都市探訪210)」があります。屋形船のメインの基地の1つで、ここを出た屋形船は天王洲水門を出て東京港に向かいます。近年、新たな水運が開拓され、天王洲をとりまく環境が徐々に変わってきました。「Vision 2034 Tokyo」では天王洲を「Urban Parks and Gardens」の1つに位置づけています。水面と水際がつながり、水運が開拓され、アクティビティが多様化して、新たな空間に進化するイメージです。

ここ天王洲を「海の辺の道」の終点とします。

「丘の辺の道」の終点御殿山は「品川船溜」を経て旧東海道を渡るとすぐのところです。ここまでくると、もはや「都心」というより「都心周辺複合創造市街地」ですね。

 

 

 

[関連記事]

「山辺の道」都市探訪155

「探訪の道」都市探訪158

 

本記事を「【編集ノート】Vision 2034 Tokyo」に追加しました。