『5 RULES FOR TOMORROW'S CITIES』

「今後40年間に(2060年までに)ものすごい数の人々が都市に住むようになる(=a)。近年のトレンドでは大きな資本を持つほんのわずかな者が利益を得ており普通の人々は所得の伸びはあまり期待できず「中間層」は没落しつつある(=b)。そのような中で少子化はグローバルな動きとなり支えるべき高齢者の負担がますます増大する(=c)。都市計画・都市デザインに携わる者はどのような仕事をするべきなのか??」

との現実的な問いを自ら設定して、「5つのルール」によりそれに答えようとする実践の書。

PATRICK M. CONDON著、ISLANT PRESS 2019刊。

 

「5つのルールで世の中(都市)が変えられるハズないでしょ」と普通は思うし自分もそう思うのですが、読んでみると、1)これはおもしろいという切り口がある、2)これは重要だというルールについて(かなり不十分だが)ルールとしてちゃんと据えている、など、いくつかの見逃せないおもしろさがあるので、とりあげることにしました。

本ブログで「ISLAND PRESS」と検索すると、2つの記事が出てきます(『CITY RULES』『Green Cities of Europe』)。「ISLAND PRESS」というのは聞き慣れない名前だと思いますが、今回3点目だということで多少のご縁のようなものも感じ調べてみると、この出版社は「The leading not-for- profit publisher on sustainability and the environment. Find real-world solutions and start creating change.」との理念をもつ独特なタイプの出版社で、寄付などにより成り立っている。なかなか今日、出版業界も厳しく、今回手にした本も「一生懸命つくりました」という手作り感?もする力作。そのような出版社側の意図も勝手に想像して本書の意義を2つ書きます。

 

1つ目。先の1)に対応する「切り口」について。

途上国の都市化・都市計画を語る際に重視されてきた「informal」の利点を、冒頭のa,b,cの困難に対処するためにformalな議論に載せようとしていること。もはや先進国あるいは「developed counrty」はこれまでのformalにこだわっているとa,b,cの問題に対処できない。ということで、第2章の最後のほうで9つの「持続性指標」のもとに「formal」と「informal」の性能を比較しており、総合評価において「formal」は「poor」、「informal」は「good」と評価しています。「formal」が「best」となるのは「衛生」と「自動車」だけで、「適応性」「コスト」などの多くの指標で「formal」は低い評価です。そして、21世紀の都市とは、「formal」と「informal」のパーツで組み合わされたものになるのだとしています。第1章と第2章がイントロダクションにあたる部分です。

2つ目。第3章から第7章にかけて「5つのルール」が披露されます。a,b,cの課題に立ち向かえる「「formal」と「informal」のパーツで組み合わされたもの」とはどういうものなのか。どのルールも理論的というより事例的・実践的な説明ではあるのですが、それなりに参照すべき文献や事例が整理されています。なかでも上記2)の「これは重要だというルールについて(かなり不十分だが)ルールとしてちゃんと据えている」と感じたのが第5章の「Apply Lighter, Greener, Smarter Infrastructure(略してLGSI)」。内容は、よく事例として出てくるメデジン市のロープウェイなどで、「かなり不十分」だとは感じますが、5つのルールの1つとして著者が明確に位置付けたこと自体が重要で、その先を考え実践するのは私たち自身だと理解しました。

 

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『西暦1000年  グローバリゼーションの誕生』

以前、「コロンブスより約500年前にアメリカ大陸に上陸するも<発見>には至らず(『図説・大西洋の歴史』(その1))」と題して、コロンブスがアメリカ大陸を「発見」するはるか前に北欧のヴァイキングがそこに「上陸」していたとされることを書きましたが、本書(ヴァレリー・ハンセン著(赤根洋子訳)、文藝春秋2021.5.15刊)は、今から1000年前の“西暦1000年”に地球上のさまざまな場所で広域移動・交流・交易が深まり“グローバリゼーション”が誕生したというグローバルヒストリーを、このヴァイキングの話も含めて綴った興味深い図書です。

1つ1つのストーリーは都市計画というよりヒストリーそのものですが、ちょうど“西暦1000年”というあたりは、東アジアでも唐滅亡後の、これといった強大な勢力がなく、それぞれの地域でそれぞれの文化(都市や都市計画も含む)が進化・深化したとされる時代のため、あえてこの頃のグローバルヒストリーを語った本書はある意味貴重です。どれもおもしろいのですが、都市・都市計画の視点から2つ、身近で興味深い(アジアの)話題をとりあげます。

 

1つは、日本において「東国」に武士団が成長しはじめた頃(⇒関連記事1)、都では「国風文化」がジワジワと芽生え、『源氏物語』などが書かれた。その『源氏物語』に出てくる雅な生活に欠かせない「お香」は舶来品で、どこからどうやって運ばれてきていたかというと、実は、当時のグローバリゼーションによって、、、といった具合に、「武士団」や「国風文化」に目を奪われていた自分が、パッと、グローバルな文脈に放り込まれるあたりです。中国の港から博多港経由で京に運ばれていたのだと。

もう1つは、少し南に下がって、当時東南アジアの中心的都市となったアンコールワットの話。実は、NHKスペシャル「アジア巨大遺跡」を観たとき、秦の始皇帝の墓の話は一部取り上げた(⇒関連記事2)のに対して、「これはすごい」と思ったアンコールワットの近年の研究成果については当時まだグローバルな位置づけがピンとこず、「いつかその時が来たら取り上げよう」と思っていたものです。この『西暦1000年  グローバリゼーションの誕生』ではまさにその頃の、南アジア―東南アジア―東アジアのグローバリゼーションの様子が描かれていて、都市としてのアンコールワットの調査についても補注で書かれており、それがNHKスペシャルの内容と一致していました。さっそく「もう一度」NHKスペシャルをじっくり観てみると、当時は気づかなかった重要なメッセージが伝わってきました。1000~1500平方キロメートルにも及ぶ大都市圏ともいえそうな人口100万都市がなぜ成立したのか、その成立を可能としていたのはどのような要因だったのかが明快に描かれていました。また、『西暦1000年  グローバリゼーションの誕生』との関係で特筆されるのは、「すべての道はローマに通じる」ならぬ「すべての道はアンコールワットに通じる」ことが近年の研究成果により(まだ仮説的な部分もありますが)語られていて、『西暦1000年  グローバリゼーションの誕生』×NHKスペシャルによってはじめて、この頃の東南アジアの安定的な都市・地域の姿がわかってきました。

 

最後に。この『西暦1000年  グローバリゼーションの誕生』にもう一つ副題をつけるなら、「西暦1000年 やがてやってくる大航海時代までの前史」という感じでしょうか。アンコールワットがなぜ衰退してしまったのかについては諸説あり、よくわかっていない。歴史は飛び飛びにしかわかっていないし、日本史と世界史の相互関係も実は飛び飛びにしかわかっていない。『西暦1000年  グローバリゼーションの誕生』は、その隙間を埋めるうえでの補助線となるような魅力を秘めた図書になりそうです。

 

[関連記事]

1. 1020年9月の「東国」

2.『(NHKスペシャル)地下に眠る皇帝の野望』×『(映画)キングダム』×『(新書)始皇帝 中華統一の思想』

 

 

【in evolution】世界の都市と都市計画
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http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170309/1489041168

 

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『THE INNOVATION COMPLEX』(都市は進化する20)

2008年のリーマンショック後の10年ほどの間にニューヨークを舞台に展開した新経済構築のさまを、ニューヨークっ子であり社会学者である著者が活写した快作。

SHARON ZUKIN著、Oxford University Press、2020。副題は「Cities, Tech, and the New Economy」。本題と副題だけではこの本のおもしろさがわからないので、以下に、どのような本なのかを、少し紹介します。

第一.批評より分析にかなり力点を置いた、リーマンショック後の新しい経済の立ち上がりを描いた力作です。社会学者として、「こうした経済成長の裏では追い出されてしまう弱者がたくさんいて困ってものだ」ということもたくさん書きたかったのではと想像しますが、この本ではそうした意図はかなり抑制されて、まさにニューヨークという都市で展開された大きな動きを、社会学者ならではの方法によって緻密に描き出しています。

第二.その「緻密に描き出しています」には、分析、構成、表現の3つの要素があり、それぞれのレベルがきわめて高い。特にこの本がわかりやすく魅力的なのはその「構成」にあるのではと思います。

第三.その「構成」の妙によって、一瞬のうちにこの本の世界に、つまりはニューヨークに引き込まれます。内容は読んでのお楽しみとして、リーマンショック後のニューヨークになにが起こったか、そしてそれらがどのように今日に至るかという、普通なら体験できないことを臨場感をもって体験できます。

第四.なぜシリコンバレーでなくニューヨークなのか。ニューヨークならではというのはどういうことか。シリコンバレーとニューヨークの両方があるということがどのようにアメリカの(経済力の)強さにつながっているのかのヒントが詰まっています。

第五.「構成」によって切り分けられた1つ1つの章がそれぞれおもしろいです。そしてそのそれぞれが、新しい経済成長を解き明かす部品のようになっていて、積み上がっていく。

 

まだまだ書ききれないくらいたくさんおもしろいことがあります。都市計画として読んでも面白いし、新たなスポットを訪ね歩くときのガイドブツクにもなる。

 

最後に。社会学者として本当に描きたかのではと想像されることを、その「前段」の分析と、評価・批評する「本題」にあえて分け、また、「前段」のうち本題に至るための「突っ込み」にあたる部分をさらに分けると、「前段(突っ込み以外)」「突っ込み」「評価・批評」の割合が80%、15%、5%という感じです。本書では「評価・批評」の部分をあえて5%に抑え分析に徹することで、コトの本質にストレートに迫っています。けれども、15%の「突っ込み」によって、公正で公平な「良き都市」へ向かおうとする人々の努力やエネルギーをできる限り描写しつつ、「評価・批評」を加えることで、新経済オンリーの社会が引き起こすさまざまな問題をどうしたら解決できるかを常に問うています。あまりに新経済化のエネルギーが大きいためにその道は険しいものと予感されるのですが、、、

 

[関連記事]

『THE NEW URBAN CRISIS』

 ・「強制的包摂ゾーングの功罪」

 

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1872年5月7日 (品川フィールド(その7))

旧暦の1872年5月7日。日本最初の鉄道が横浜-品川間に開通しました。あれっ?横浜-新橋間じゃないの?

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品川駅前広場にある碑をみると(上の写真)、確かに「明治五年五月七日」と書いてあります。新橋まで開通したのは4か月後のこと(旧暦9月12日。新暦10月14日)。「品川-新橋間の工事が遅れたため」と説明にはありますが、なぜ遅れたのかとか、なぜ品川開業を先行させたのかなどについても興味の湧くところです。この記念碑によれば、、、

5月7日の開業当時の時刻表。横浜発午前8時。ノンストップで品川着8時35分。所要時間35分というのは、かなりがんばったのではと思います。すぐ品川発9時。横浜着9時35分。これが第一便です。かなり時間が空いて、午後4時。第二便が横浜発。4時35分に品川着。すぐ午後5時に品川発。5時35分横浜着。以上、初日はこれでおわり。そのことが碑に刻まれています。ただし、翌日から6往復になったとされます。席は「上等」「中等」「下等」に分かれ、運賃はそれぞれ1円50銭、1円、50銭。

 

(その6)で取り上げた「高輪築堤」ですが、品川駅付近からはじまり2.7キロメートルに及ぶ土木工事でした。「一度埋め立てた土砂が波に流されて築堤が崩壊するなど難工事となり、完成したのは正式開業直前の明治5年9月となった」(港区郷土歴史館)とあるので、さきの「品川-新橋間の工事が遅れたため」というのは、「工事が順調にいっていれば正式開業のかなり前には仮開通し試運転などを経て開業記念列車を走らせるつもりだったが、品川-新橋間の工事が遅れたため、まずは工事の終わった横浜-品川間を暫定開業して試運転をするなど万全の準備を行い、なんとか開業直前に新橋まで工事が完了したため無事に開業記念式典列車を走らせることができた」という感じかもしれません。9両編成の式典列車の6号車には、『青天を衝け』で「横浜焼き討ち」を断念した(2021年5月2日放送)渋沢栄一も大蔵省の一員として乗っていたとされます。

 

「品川フィールド」には日本の近代化にまつわるさまざまな出来事がギッシリ詰まっている。新たな開発の中でそれらがふと発掘されたり再解釈されるとき、「都市の進化」にも独特な味わいが添えられるのではないかと思います。