「デジタル・スイス5」

スイスの美しい景色の中で毎年行われる自転車レース「ツール・ド・スイス」がコロナウイルスの影響で中止になり、その代替措置として考案・企画され、4月下旬に実施・放映されたのが「デジタル・スイス5」。

なぜこれが「都市イノベーション・next」なのか?

ごく一部のスポーツを除いてこの1か月半ほど何も行えない中で、「よくぞやってくれた」との思いが先立ちつつ、そこに込められたさまざまな要素が、「もしかしてこれは都市(計画)のnextではないか」と感じます。そのシステムも少し解説しつつ、何が「next」か(もしれないか)をあえて書き出してみます。

 

第一.「本物の一流選手」が世界各地の自宅等で自転車を真剣に漕いでいる。まさにレースに参加して、他の選手と駆け引きしつつ上位をねらう。いろいろな「eスポーツ」があると思いますが、生身の人間が、より実際に近い設定で競い合うというのは、自分にとってははじめてのことでした。

第二.本物のツール・ド・スイスのコースの一部が映像の基盤となり、バーチャルにそのルートで競技をする設定。各選手の出力などのデジタル情報はネットワーク化されたソフトウェアにより画面上で分析・表示され、「本物」に近いライブとなる。

第三.ただし、「本当の本当」のことをいうと、風圧の影響が今回放映されたソフトには組み込まれておらず(上り下りの重力感はソフト制御を通じて各自転車の後輪に取り付けられた装置でハードに制御される)、さらにテクニカルには選手が密集している場合に緩和される風の影響も無く、さらにいえばチームごとの作戦とチーム間の駆け引きのような高度なタクティクスは無しの前提(今回は各チーム3人が参加したので、3人の間の無線を入れればこれは可能と思われる)。とはいえ、これらはソフトや環境設定次第で実現可能(既に他のよく使われている実践向きソフトにはいくつかの要素は入っているらしい)と思われます。

以上が競技そのものの解説で、以下「都市イノベーション・next」。

第四.世界各地に行くのは日程的にもコスト的にも今後も大きな負担。「これぞ」と思うところには実際に行くのがベストですが、日程やコスト以外にも行けない理由はたくさんある。そこで、自分の意欲や身体的条件に合わせて、たとえば「フィレンツェ芸術祭」に参加して自分の得意技を世界の仲間とともに披露する。シャッター街になってしまった商店を開き、「これぞ」という品やサービスを競い合う(別に「競う」必要はないが、目的効果を高める工夫が必須)。(以上、第一点との関係)

第五.「評価」を行うシステムや指標等を開発し、「本物」ではないがある意味「本物以上」のソフトウェアを共有する。(これは第二の点との関係)

第六.「本当の本当」に近づくよう、(それが本質的に重要な要素であれば)ブラッシュアップする。商店街の例でいうなら、消費者の視点を入れたり商店街組合の強みを反映したりと、、、

 

最後に。レースが中止状態の現状はかなり厳しい。これは多くのスポーツでも同様と考えられますが、「デジタル・スイス5」の例でいえば、バーチャル競技ソフトそのものも1つのビジネスなので、「市場」が無いと売れない。そもそも自転車競技チームもレースをしなければ収入は激減。さらに、選手は競技が中止になったとしても練習するモチベーション維持が不可欠。そのような中で、リアルとバーチャルの相補関係を模索しつつ、新たな「スポーツ」へのチャレンジをしているようにみえます。商店街の再生も、地方都市の魅力づくりも、「行ってみたい」「住んでみたい」世界の都市も。

世界に散らばった自宅のベランダやガレージや戸外でひたすら(けれども充実した雰囲気を漂わせて)自転車を漕いでいる選手たちの、各人各様の姿がとても印象に残りました。

 

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Sidewalk Labs(グーグル関連企業)の開発基本計画(トロント市)の行方

コロナウイルス感染者追跡のためのセンサー利用について、賛否両論が渦巻く中、グーグル関連企業Sidewalk Labsが打ち出したトロント市ウォーターフロントでの開発基本計画をめぐる議論がだんだん詰まってきています。

と書くと前からよく知っていたかのようですが、実は、最近出た『都市5.0』(葉村真樹編著、東京都市大学総合研究所未来都市研究機構著。翔泳社2020.3.24刊)という図書の冒頭と最後にややこだわりをもって紹介されていたもので、そこには紹介されていない「その後」も含めてその意義と行方につき現時点でまとめてみます。

 

第一.人々のすべてのデータを集めて「人間中心の」都市を運営しようとする『都市5.0』(Society5.0を補う著者らの造語)的なこのプロジェクトは、発表(2019.6.24)当初より主としてプライバシーの侵害だとの観点から強い反対に遭います。

第二.本書の紹介によれば、「地中にセンサーが張り巡らされ、住民の行動はすべて記録される。たとえば、「公園でどのベンチに座ったか、道を横切る際にかかった時間はどのくらいかまで追跡されることになる」という」(p18)

第三.これを受けて、現地政府側との協定においてデータ収集に関して基本計画に修正が加えられた。

(『都市5.0』に紹介されているのはここまで。)

第四.2020年2月には、トロントのウォーターフロント開発全般の責任主体であるWaterfront Trontによる評価書が公表される。これは2019年10月の合意にもとづきテクニカル面での突っ込んだ評価をおこなったもので、ざっくりみると160項目のうち16項目で「支持しない」との内容になっている。この評価書をもとに2月29日に市民協議を開催(されたと思われる)。また、2月24日から3月31日までの予定だったオンライン協議はコロナウイルスの影響で4月9日まで延長された。

(ここから先は次のステップ)

第五.市民協議の結果は、5月20日に予定されているWaterfront Trontの理事会に情報提供され、理事会はこのプロジェクトを先に進めるかどうか判断する。

第六.理事会で「Go」と判断されたならば、1)実施協定交渉(Waterfront TrontとSidewalk Labsの間で)、2)トロント市が市としてこのプロジェクトを支持するかどうかの判断。既に市独自に市民協議を実施しておりその情報も判断材料となる。3)市/郡/州の各層の規制当局によるレビュー、4)行政機関各層による関連諸法令との調整作業が続く。

 

未来都市の構築はテクニカルには可能であったとしても、解かなければならないさまざまな制約がある。とりわけ民主主義国家の場合には国家存立の理念そのものと矛盾する部分も多いため、何が本当に社会に役立つか、どのようにすれば役立つかを1つずつ、未来志向で解いていく必要がある。トロントで現在進行中のこの事例を追跡することで、さまざまな「都市イノベーション・next」の課題が見えてくるものと思われます。

 

『無形資産が経済を支配する 資本のない資本主義の正体』

本ブログでも一度だけ「無形資産」にまつわる都市イノベーション現象について取り上げたことがあります(⇒関連記事)。「Uber Eats」を例に、無形資産化という現象に伴う労働分配率の低下を直観する、といったことに着目したものです。

本書『無形資産が経済を支配する』は、「無形資産化」そのものを取り上げ、なぜそのようなことが起こるのか、それはどう評価されるのか、これからの公共政策はそれを踏まえてどういう方向をめざすべきかにつき考察したものです。ジョナサン・ハスケル&スティアン・ウエストレイク著、山形浩生訳。東洋経済新報社、2020.1.30刊。

「都市イノベーション・next(2)」の初回としてはぴったりのテーマと考え、無形資産化がどのように「都市イノベーション・next」にかかわってきそうかを自分なりにいくつかあげてみます。

 

第一.本書の日本語副題「資本のない資本主義の正体」は原著ではメインタイトル「CAPITALISM WITHOUT CAPITAL」に近い。「CAPITALISM WITHOUT CAPITAL」というタイトルはかなり人目を引くものですが、実際には「CAPITALISM WITHOUT CAPITAL」というわけはなく、「CAPITAL」自体の内容がどんどん無形資産化しているという内容なので、日本語訳のほうが正直だと思います。都市や都市計画の立場からみると、ようやく経済学もデザインの価値や良いデザインを生み出すシステムなどの無形資産にも注目するようになったという意味で興味深い傾向だと思います。

第二.そうした場合、「インフラ」の内容も大きく変わってくる。都市のインフラといえばこれまで道路や下水道の建設や最近ではそれらの維持管理・更新などに多大な投資がなされてきました。けれども、無形資産化が進む現代キャピタリズムを展望すると、本当に有用なキャピタルを見つけ出す必要がある(=ソフトインフラ)。広い意味での公共政策においても、特定分野のたとえば「都市計画」においても。

第三.そのとき、「信頼」や「社会資本(social capital)」などが厚ければそうしたソフトインフラはより確かなものになるだろう(本書では「信頼」や「社会資本」を「ソフトインフラのうち最もソフトなモノ」と表現している)。

第四.では、都市における目標とすべき規範は何か。それは、無形資産の「4S」すなわち、スケーラビリティ、サンクス性(埋没性)、スピルオーバー、シナジーのうち、特にスピルオーバーとシナジーにかかわっている。都市、とりわけニューヨークや東京のような大都市に人々が集まるのは、まさに無形資産化しつつある現代Capitalのウマミを求めて吸い寄せられる現象であり、無形資産化が進めば進むほどますます大都市に集中する。そうであるならば、都市計画の目標は古典的なものにこだわるのではなく、そうした新たな無形資産化によるメリットを伸ばす(少なくとも妨げない)ものであるべき、との方向になる。

第五.けれども、無形資産化を伴う新しいCapitalismは、とびっきりそうした能力のあるごく一部の者だけが勝ち組となる傾向にあり、格差を拡大させるのもまた事実である(⇒関連記事『21世紀の資本』)。本書p322では、無形資産化をうまくとらえた土地利用・都市計画に向かう「ナンジャ国」と、旧来型の発想から抜け出せないために沈んでいく「モンジャ国」の未来が対比的に描かれていて、格差拡大問題の是非を問うというよりも、無形資産化という現実をどうとらえどう未来を描いていくかを考える際の手がかりを示しています。

 

[関連記事]

ラストワンマイル/ファーストワンマイル

『21世紀の資本』(トマ・ピケティ)

 

『反脆弱性 不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』

4月14日の日経朝刊「Opinion」欄。「技術革新は家でも起きる」との微妙なタイトルとなっているこのコラムの主旨は、最後のパラグラフ「災厄からは巨大産業が生まれることも多い。世界で始まった壮大なテレワーク革命に日本の企業社会も加わり、「家からの技術革新」に挑んでみる時だ」に集約されています。

ところで、この「Opinion」欄の主旨自体は「そうだよネ」くらいのものなのですが、むしろ、このコラムの中にはいくつものデータや考え方や概念や資料の所在が散りばめられており、なかでも最後の方で紹介されている標題の図書『反脆弱性』に強く吸い寄せられました。「危機を跳ね返し、自分に有利なものにするしたたかさ」とこのコラムニスト(日経新聞コメンテーターの中山淳史氏)が表現するもの。

 

原題は「ANTIFRAGILE」。副題が「Things that Gain from Disorder」。原書は2012年刊。著者はNASSIM NICHOLAS TALEB(ナシーム・ニコラス・タレブ)。日本語訳が2017年6月。ダイヤモンド社。訳者は千葉敏生、監訳者が望月衛。[上][下]ともに、筆者の言いたい放題の様相を呈するこの書ですが(特に[下]の後半)、まあまあ、そうした小さな問題には目をつぶり、もしかすると大きな発見や手がかりになりそうな点に注目することこそが『反脆弱性』の神髄なのですと言っているような図書。まるで砂をすくって砂金をとるようなつもりで「金」にあたる部分を「都市イノベーション・next」的に理解しようとすると、、、

 

第一.「反脆弱性」も「antifragile」もピンとこない。むしろ「Things that Gain from Disorder」という副題が最もわかりやすいところ。リーマンショックも原発事故もそうだったように、「うまくいく」部分をいくら精緻に少しずつ洗練できたとしても、やがてそれらをすべてひっくり返すような「Disorder」に見舞われる。こういう類のことを真剣にとらえる人がいても無視されるのが普通だが、現代性とはこういうところにこそあるのです。と。

第二.遭遇してしまった私(たち)。「危機を跳ね返し、自分(都市や都市生活、結局は「自分」の集合)に有利なものにするしたたかさ」の手がかりを求めてこの本を読んでいる。

第三.いくつか「答え」に近い部分のみ抜き出し並べ変えてみます(少し文章を省略します)

「私の定義する現代性とは、人間が環境を大規模に支配し、でこぼこした世界を几帳面にならし、変動性やストレスを抑えようとすることだ。(上p186)」

「自己修復ができなくなる原因の大部分は不適応にある。人間の構造と環境のランダム性の構造とのミスマッチだ。(上p101)」

「進化のプロセスは変動を好む。発見のプロセスも変動とは相性がいい。(下p96)」

「チェスのグランドマスターはふつう、負けないことで勝ちを得る。私たちは、小さな予防策の積み重ねで、個人的な事故のリスクの大半を緩和している。(下p108)」

「スティーブ・ジョブズは、こんな言葉を遺している。「誰しも、何かに集中するというのは、集中すべきものにイエスと言うことだと思っている。だがそうじゃない。残りの100の名案にノーを突きつけることだ。イノベーションとは、1000のアイデアにノーと言うことなのだ」。(下112)」

なお、[下]の巻末の付録には、より理論的な議論が各種グラフを用いて説明されています。

 

「レジリエンス」の一部であるとともにそこから一歩踏み出す力としての「反脆弱性」。コラムニストの中山氏は、ヒトが本来そうした力をタレブ氏が思っている以上に備えている可能性はないか、と希望を語っています。

 

「都市イノベーション・next」も今回が第50話。次回からは「都市イノベーション・next(2)」へ受け継ぎ最後の50話を綴っていきます。

 

 

5月スタートの地域交流科目(学部向け)について【2020.4.30更新】

コロナウイルスの影響で5月7日スタートとなった春学期はすべて遠隔授業となり、地域交流科目についても準備が続いています。遠隔授業という方法もさることながら、本質的には、フィールドあっての「地域」の学習や研究や実践活動はどのように可能か、という課題でもあります。

以下で客観的に情報を整理します。

 

■「ヨコハマ地域学(地域連携と都市再生A)」

5月11日(月曜)を初回とする形で準備中です。私自身は5月25日の第3回「世界の中の横浜、日本の中の横浜」の担当。遠隔でも効果があがるよう、準備中。「ヨコハマ地域学(地域連携と都市再生A)」は基本的に「座学」のため、一部を除いてコロナウイルスの影響はあまり受けない科目です。

【参考図書】

1.『ヨコハマ地域学』

http://www.chiki-ct.ynu.ac.jp/yokohama-chiikigaku/

(上記HPでの紹介文)「地域実践教育研究センターの10周年を記念し、これまでにNPO法人横浜プランナーズネットワークと共に10年間かけて培ってきた講義「地域連携と都市再生A(ヨコハマ地域学)」を、ブックレットとして電子媒体で発行致しました。」

2.その他のブックレット等(地域実践教育研究センター発行)

http://www.chiki-ct.ynu.ac.jp/booklet/

 

■地域課題実習

4月最終週あたりからかなり具体的になってきているので、更新します(2020.4.30)。

地域実践教育研究センターの日常的なHPは以下のものです。

 

(センターHP) http://www.chiki-ct.ynu.ac.jp/

ただし、コロナウイルス対応のため最新情報は次のサイトに次々に掲載されています。

(センターHP(最新情報サイト))https://chiki-ct.wixsite.com/mysite

 「フィールドあっての「地域」の学習や研究や実践活動はどのように可能か」について各所で工夫がみられます。実は、実際の地域の現場でもさまざまな工夫がスタートしており、それら「工夫」を相互に学びながら、刻々と変わる状況に適応し乗り越えていくこともまた「地域課題実習」の大きなテーマなのかもしれませんね!